第百七十八章 テオドラム 2.テオドラム王城(その2)
「ダンジョンマスターは任意の場所に魔物たちを送り込めるらしい。なら、己自身も任意の場所に現れる事ができる筈だ。ゲルトハイムで金貨の地金がすり替えられた事も、何の不思議も無い」
ファビク財務卿は一旦言葉を切ると、表情を確かめるように一同を見廻す。
「しかしその一方で、それだけの能力を持ちながら、なぜ一気に攻めて来ないのかという疑問が残る。大兵力の動員は無理としても、ドラゴンやワイバーンを送り込むだけで、我が国は窮地に立たされる。……いや、もっと手早く暗殺という手も使える筈だ」
「なのに……その手段を採る気配が無い、か……」
ファビク財務卿が投げかけた疑義は、他の国務卿たちも薄々心に抱いていたものであった。
「……あくまで推論にすぎんのだが……」
そう断った後で財務卿が口に出した言葉は、居並ぶ一同を驚かせた。
「ダンジョンマスターは我が国を攻め滅ぼす気は無いのかもしれん」
「何?」
聞き捨てならぬとばかりに身を乗り出したのはトルランド外務卿、そしてレンバッハ軍務卿の二人であった。その他の国務卿たちもそれに続くが、一方でラクスマン農務卿は、小さく頷きながら話の続きを待っている。
「我が国に対して含むところがないとでも?」
「だとすると、二個大隊を殲滅したのは何なのだ?」
「あれはダンジョンマスターの仕業ではないというのか?」
「仮にあの件を別にしても、だ。ダンジョンマスターのこれまでの振る舞いは、我が国に隔意を持たぬ者のそれとは言えぬだろう。違うと言うのか?」
財務卿の発言に対して、口々に異論を囃し立てる国務卿たち。
「いや、誤解せんでもらいたい。ダンジョンマスターが我が国に含むところがあるとか無いとか、そういうのではなくてだな……仮に我が国が崩壊すれば、その余波は甚大なものになるだろう。各地各国が混乱に覆われるのは避け得ぬ筈。或いはそれを嫌っているのではないかと思ってな」
この辺りは経済畑の文官らしい発想であろうが、クロウの意向を正確に言い当てていた。
「ふむ……そういう事なら……」
「うむ、理解できなくもないな」
「しかしそうすると……ダンジョンマスターが今後どういう挙に出るのかは、却って予測しにくくなったと言えんか?」
恐る恐るといった感じのジルカ軍需卿の発言に、う~むと唸って考え込む一同。が、そんな困惑を打ち消すように、
「……いや、必ずしもそうとは言えんだろう」
考え込みつつもそう口に出したラクスマン農務卿に、全員の視線が集中する。
「表に出るのを嫌ってなのか、それとも被害の拡大を嫌ってなのかは判らんが、ダンジョンマスターはこれまで直接的な攻撃――特に民への攻撃を避けている。その唯一の例外がシュレクな訳だが……これについては後で述べる事にしたい」
シュレクという名に反応を示した数名に釘を刺し、農務卿は話を続ける。




