第百七十八章 テオドラム 1.テオドラム王城(その1)
テオドラムの密偵たちが無謀にも「還らずの迷宮」に侵入し、モンスターたちの実地試験に使われて敢え無い最期を遂げてから十日。テオドラムの国務会議でもその件が持ち出されていた。
「イラストリアへ送った者たちからの連絡が途絶えた?」
「単に連絡が遅れているだけではないのか?」
ここテオドラム王城の会議室でファビク財務卿に訊き直しているのは、レンバッハ軍務卿とジルカ軍需卿の軍務関係コンビである。ファビク財務卿がイラストリアへ送った、経済情報局の密偵の消息が途絶えているとの報告を受けての事であった。
「あぁ、モローのダンジョンに潜入するという連絡を最後に、な。ジルカ卿の疑問に答えておくと、最後の連絡を寄越してから、もう三日も音沙汰が無い。何らかのアクシデントが起きたとしか考えられん」
「……ダンジョンに喰われたか」
「そう考えるのが妥当だろう……遺憾ではあるがな」
それなりに腕の立つ者・機転の利く者を送ったつもりだが、モローのダンジョンはそれ以上に手強かったらしい。
「まぁ、イラストリアが開戦準備にひた走っているのではないという事を探り出しただけでも収穫はあった。そう考える事にしよう」
イラストリアが冷蔵箱を開発したいう情報に接し、すわ戦時体制への移行を狙ったものかと色めき立ったのであったが、その後も訊き込みを続けた結果、どうも開戦を狙っての事ではないらしいと知れた。冷蔵箱が食糧事情を改善させる事は間違い無いようだが、現状それは軍用ではなく、民生用に廻されているらしい。
「あたら有能な者を失ったのは痛いが、ダンジョンが相手では……」
仕方がないと続けようとしたジルカ軍需卿の台詞を遮るように、
「いや待ってくれ。本当にダンジョンが原因なのか?」
――と、物議を醸しそうな発言をしたのはトルランド外務卿であった。
「どういう事だ? トルランド卿」
「ダンジョンに喰われた以外の可能性があるとでも?」
訝しげに問いかける同僚たちに向かって、
「……あくまでも憶測、いや、妄想邪推に近いものであるが……」
「……何だね?」
「……イラストリアの手の者に始末された。そういう可能性は考えられんかな?」
憶説妄説と自ら前置きしたとおり、とんでもない事を言い出したトルランド卿を、全員が呆気にとられたように見つめる。
「いやな……考え過ぎかもしれんが、モローへ向かうという連絡の直後に連絡が絶えたというのが……少し気になってな……」
「それは……しかし……」
考え過ぎだろうとは思う。しかし、それを明確に否定できる材料が無いのも事実であった。
「トルランド卿には、何か思うところがあるのかね?」
黙り込んでしまった一同を代表する形で、質問の口火を切ったのはラクスマン農務卿であった。
「未だ確たる形を成してはおらんのだが……モローに何か秘密があって、その秘密に触れたが為に消された……そういう可能性も捨て切れんと思うのだよ」
「しかし……そのような兆候は確認されておらんのだろう?」
困惑した様子で、メルカ内務卿やレンバッハ軍務卿を振り返ったジルカ軍需卿であったが……
「それらしき兆候が無いというのは、今回に限って安心材料にはならん。彼のダンジョンマスターは、ワイバーンやドラゴンを神出鬼没に送り込めるのだぞ? それができるなら、王国の重鎮と人目を避けて会合を持つくらい容易だろう」
取り越し苦労どころか、ほとんど言いがかりに近い内容である。しかし……
「万に一つの可能性だろうが、その一つに当たった時が怖いな……」
「そう! そうなのだ!」
我が意を得たりという様子の外務卿。しかし、
「いや待て。モローのダンジョンマスターは、『岩窟』のダンジョンマスターとは別人の筈だろう」
「だからこそ気になるのだ。二つ以上のダンジョンのダンジョンマスターが協調している可能性がな」
なおも言い募る外務卿に、う~んと黙り込む国務卿たち。思案投げ首の一同であったが、
「……モローについては現状では判らんものとして、取り敢えず『岩窟』のダンジョンマスターについて検討してみないかね。財務卿として、少し気になる事もあるのだよ」
ファビク財務卿がその沈黙を破った。




