第百七十七章 密偵受難曲 12.密偵たちの終焉
本章最終話となります。
「……何てぇトラップだよ……」
「あれってスケイルだよな? 少し前に襲って来たやつ?」
「あぁ。ぱっと見たところ、部屋一杯に充満していた。知らずに入っていたら、今頃は骨になっていただろう」
『……成る程……スケイルの採食体と間違えたのか……』
『大きさが全然違いますけどね』
『さっきの襲撃がトラウマになってるんじゃないですか?』
トボトボと歩く密偵たちの行く先は――
『……おぃ……この先って、確か……』
『……あぁ、はい。テンタクルのいる水場ですね』
『外さない連中ですね、マスター』
『結局ぅ、ぜぇんぶ、廻ったのぉ?』
『……そうなるな。パーフェクト達成だ』
『ある意味で得難い才能ですな』
『クロウ様、どうします?』
改めて密偵たちの処分について確認されたクロウであったが、
『そう言われてもなぁ……』
『あぁも的確にモンスターに吸い寄せられたんじゃ。スレイの言うとおり、ある意味で〝得難い才能〟というやつではないのか?』
『……使いどころの少なそうな才能だよなぁ……』
腕を組んで考え込むクロウであったが、やがて断を下す。
『徹底的に逃げ廻るというスタンスは目新しかったが、技量の点では特に見るべきものは無かったしな。手駒に加える必要は無いだろう』
『それでは?』
『あぁ、テンタクルに始末させよう』
そんな事を話しているうちに、当の密偵たちは問題の水場へと辿り着いていた。
「……おぃ、水場みてぇな場所に出たぞ?」
「こういう場所にゃ、モンスターが隠れてんのがお約束だよな?」
「少し待て」
リーダーの男は小石でも無いかと足下を見廻すが、そんなものは落ちていない。やむなく懐から銅貨を取り出すと、水場に放り込む。
投げ込まれた銅貨はすぐに水底に達した。
「大丈夫だ。こんなに浅い水場に、大型のモンスターがいる訳が無い」
「成る程……道理だな」
感心する他の二人であったが……
『いや……小さめの水場にテンタクルが無理矢理潜り込んだから、身体をギュウ詰めにする事になって、結果的に水場が浅くなっているだけなんだが……』
『あ、偽装してた訳じゃないのね』
『狙った訳ではありませんね』
『下手の考え休むに似たり――とは、能く言ったものですな』
『茶番は終わりだ。片付けさせろ』
クロウの言葉を待っていたかのように、水中から太い触手が飛び出したかと思うと、密偵たちを捻り潰した。
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『さて、今回の実地試験では得るものが多かった。色々と見直すべきところも出て来たが、何より重大なのは……今の配備状況だとオーバーキルになりかねないと、明らかになった事だろう』
勿体ぶって言うクロウであったが、大方そんなものだろうと予測していたらしく、眷属たちに驚きは無い。
『一層の状況を考えてみれば、当然予想されて然るべき結論じゃろうが』
『そうは言うがな爺さま、予測はあくまで予測に過ぎん。それが実証されたのは大きいぞ』
『ふん。じゃと言うて、今後どうするつもりじゃ?』
『それなんだよなぁ……』
オーバーキルの可能性が明らかになったとは言え、今回の実験対象となったのは、素人に毛の生えたようなテオドラムの密偵である。イラストリアの精鋭冒険者が相手では、こんなに簡単には運ばないだろう。それを考えると、安易に戦力を下げるのも躊躇われる。
(……いっその事、モローはこのままモンスターの育成・訓練場として使い、ここから各ダンジョンへ必要に応じて派遣するか?)




