第百七十七章 密偵受難曲 11.密偵たちの奮闘(その5)
「……追っかけては来ないようだな」
「ここまで来れば大丈夫だろう。何だったんだ? ありゃ」
「多分だが……催眠効果のある香りで獲物を誘き寄せて捕食する、肉食植物の一種だろう」
「……俺たちゃ気付かないうちに惑わされてたって事か?」
「そういう事になるな……」
『……一応の知識としては持ってるんだな……』
『その知識を事前に活用できていないのが、どうにも残念な連中でございますな』
『後知恵ってやつですね、マスター』
楽屋裏でクロウたちに駄目を出されているとも知らず、密偵たちは油断無く辺りに気を配って進んでいた……当人たちの認識では。
『ロムルス、このまま行くとやつらはどこに出る?』
『少しお待ちください。この先は……あぁ、アクティネラが待ち構えていますね』
『狙い澄ましたようにモンスターの持ち場を総当たりか。……ロムルス、何か仕込んだのか?』
『いえ、純粋に彼らの才覚ですね』
・・・・・・・・
「……少し広くなってるな、また……」
「さっきよりはまだ狭いし、障碍物も無いが……注意しろ」
「真ん中を突っ切るか?」
「いや……さっきの例もある。岩壁に沿って進もう」
「そりゃ名案だが……少し休まねぇか? 警戒のしっ放しで、気疲れすらぁ」
「そうだな……今のうちに少し休んでおくか」
そう言うと、リーダー自ら岩壁の出っ張りに腰を下ろしたのだが……
『おぃ……あいつが腰掛けてるのって……』
『……選りにも選って、アクティネラの本体ですね……当人から、どうするべきか問い合わせが来ていますが……』
『あの状態で触手を出せるのか?』
『それは問題無いそうです』
『なら脅かしてやれ……いや待て、少し休ませてからにしろ。あまり疲れさせると、実験に支障が出るかもしれん』
『諒解しました』
実験の精度を高めるためという、身も蓋も無い理由で彼らの処遇が決まる。
「……おぃ、どうかしたか?」
「いや……何だか、ここの壁が動いたような気がしてな……気のせいだとは思うが……」
「何、妙な事を言ってやがる……って……おぃっ!」
「あ? どうかしたか?」
「そ、それ……」
「あぁ?」
リーダーの男が何の気無しに脇を見ると……自分が腰掛けている出っ張りの一部が割れていて……そこから数本の触手が顔を出していた。
「うわぁっっっ!?」
悲鳴を上げて飛び退いたところで出っ張りが一気に割れ、無数の触手が飛び出したかと思うと、ウネウネと蠢いて獲物に襲いかかる。
「オカギンチャクだっ!」
「畜生っ! 岩に擬態してやがったのか!」
『……相変わらずだな、この連中は……』
『知識があるんなら、それを事前の準備とか警戒に当てるのが普通よね?』
『それができなくて、後付けで理由を討議してばかりって……』
『無能な小役人のようでございますな。冒険者や軍人ではなくて』
「思ったより触手の動きが鈍い! 離脱するぞ!」
「「おおっ!」」
『……いや……あの位置取りで触手が空振りする訳無いだろうが。ちったぁおかしいって気付けよ』
『巧く……出し抜いたと……思って……いるのでは……?』
・・・・・・・・
「……畜生……休む間も無くモンスターのお出ましかよ……」
『いや……ちゃんと休ませてやっただろうが』
『アクティネラに腰掛けて、休憩までしてたわよね』
『その後のドタバタで疲れちゃったんじゃないですか? 主様』
『そこまでこっちで責任持てるか。休み場所を選んだのは連中の方だ』
『ですよねぇ……』
「だが、妙に慌ただしいダンジョンだな。調べた限りでは、ここまでモンスターの密度が高いダンジョンの報告は無かったが」
「このダンジョンの特色なのかもしれん。これも報告の要ありだな」
モンスターの密度が高いのは、実地試験を効率良く行なうために、ダンジョンモンスターたちを集めたからである。
「……何だ? ここから妙に暗くなってるな?」
「ちょっと待て。灯りをつける」
「だな。中の様子も判らんのに、無闇に進む訳にはいかん」
『お、あいつら、セーフティルームに辿り着いたか』
『あら、セーフティルームなんてあるのね』
『……セーフティルーム?』
『お待ち下さいご主人様、この階層でセーフティルームと言うと……』
スレイの台詞は、密偵たちの絶叫によって遮られた。
『あぁ……やっぱりGルーム……』
『は? Gルーム? 何それ?』
訝しげなシャノアに向かって、最近解説役が板に付いてきたキーンが説明する。その説明を聞いたシャノアは、心底嫌そうな顔になった。
『……やたら頑丈な上に、魔法攻撃が通じないゴキブリとゲジゲジが充満……って……何よその拷問室……』
『いや、しかしな、基本パッシブな掃除屋だから、放って置けば何もせんのだぞ? 攻撃力自体も低いし』
『攻撃が低くても、精神の耐久値はガリガリ削られますけどね』
『そんなのをセーフティルーム扱いするクロウも大概よね』
『……いや……他のモンスターたちも入って来んし、何もしなければ安全なんだから、セーフティルームで間違ってないだろうが』
『気持ち悪過ぎて、他のモンスターが入って来ないだけだって聞きましたよ? 主様』
『取り敢えず……彼らは……脱出を……選択した……ようです……』
お気付きの方もおいででしょうが、Gルームに関しては書籍版第二巻の書き下ろし番外編で少し触れられています。




