第二十章 モロー 3.モロー
いよいよモローでの調査です。
廃墟と見紛うばかりに寂れきったモローの町であるが、ここ十日ばかりは宝玉――クロウがうっかり出した魔石珠――目当ての冒険者をちらほら見かけるようになっていた。町に着いたダールとクルシャンクの二人は、まず酒場……のような場所に、入っていった。
「エールがあったら二杯出してくれ。それと何かつまめるものを」
「以前よりもちったぁ客が増えたようじゃないかぃ、父っつぁん」
「クルシャンクの若造か。今は見ての通りだがな、あと一週間もすりゃぁ直ぐに消えちまわぁ」
もう一人の男、ダールは驚いたように同僚を振り返った。
「お前、ここに来た事があるのか?」
「言ってなかったか? 俺、冒険者をやってた頃、しばらくこの町にいた事があるんだよ」
「へっ、なぁにが冒険者だ。来る日も来る日も金の欠片探して、あっちこっちほじくり返してばかりいやがったくせによ」
注文の品を出してやりながら、店主らしい男が口を挟む。
「そうそう、それでここに来たんだ。父っつぁん、何でも偉ぇお宝がめっかったそうじゃないか」
「流れ者たちゃそう言ってたがな、俺たちゃそんなもん見ちゃいねぇ」
「お宝を見つけたって若い男は?」
「憶えがねぇな」
「お宝があったらしい場所は判るかい?」
「いや……流れ者どもも知っちゃぁいないようだ。あっちこっちうろついていやがる。何人かはダンジョンへ向かったようだが、帰ってきたやつはいねぇ」
「ダンジョンに向かったのは何人だ?」
「判るもんかよ、そんなこたぁ。だが……少なくともダンジョンに潜ると言っていた三人組は帰ってこなかったな」
「実際にどっかで何か見つけたやつはいるのかい」
「いや、だからどうせいなくなるって言ったんだ。ここ、モローは夢の町よ。みんなが金の夢を見て、夢は覚めちまったんだ。ここに残っているなぁ、まだ夢を手放せない馬鹿ばかりさ」
二人は金を払って酒場を出た。「お宝」についての質問だけをして、そして何ら実のある回答は得られずに。
もしクルシャンクが噂話全般について聞いていたら、酒場の親父はある夏の晩にモローのダンジョン近くで見られたという鬼火の事を話したかもしれない。しかし、ローバー将軍はエルギンのギルドマスターが知らせた鬼火の噂話を――あやふやな話過ぎるため――うっかり伝え忘れていたため、二人が鬼火の予備知識を得る事、そして鬼火の噂を問い質す事はなかったのである。
「一応聞き込みは終わったみたいだが、これからどうする?」
「折角ここまで来たんだ。ダンジョンってやつを拝んでこようぜ」
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「これが『還らずの迷宮』か」
「ただの狭い岩穴にしか見えねぇけどな」
「しかしここで、少なくとも冒険者十四人が死んでるんだ。酒場の店主の言葉が正しければそれ以上だ。黙って入られてはギルドの方でも判らんしな」
「そもそも冒険者登録してねぇかもしんねぇぜ」
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「これが『流砂の迷宮』か」
「バレンのギルドマスターの言うとおり、砂山にできたほら穴って感じだな」
「見ている間にも砂の塊が崩れ落ちているな」
「けど、溜まった砂はゆっくり消えてるようだぜ。地面に積もった砂の厚みが変わってない」
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「さっきの二つのダンジョン、獣の足跡がなかったな」
「何やら地面を睨んでいたのはそれか。説明してくれるか?」
「あぁ、あんな恰好のほら穴があれば、そこに棲み着いた動物の一匹や二匹、いてもおかしくないんだ。なのに、足跡が一つもなかった」
「動物が近寄らない何かの理由があるって事か」
「モンスターの動きに変化がないっていうのも、同じこったろうぜ」
「これからどうする?」
「そろそろ日暮れも近い。墓場みてぇな町に戻るより、遺跡っていう旧『モローのダンジョン』で野営としゃれ込まねぇか?」
「悪くないな」
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「見ろよ。狼の足跡だぜ。アナグマみてぇな足跡もある」
「なるほど、多少古いものもあるが、動物の足跡が多いな」
「あぁ、洞穴ってやつぁ本来こういうもんだ。普通のダンジョンだって、周りに動物の足跡がないわけじゃない」
「あの二つのダンジョンは普通じゃないという事か……。バレンのギルドマスターが立ち入り禁止を指示したのは卓見だったようだな」
「崩れちゃいるが……本当に遺跡みてぇだな」
「新土器時代の遺跡のようだな。岩を削った跡からみて、金属器は使っていなかったようだ。石器を使っていたんだろう……土器の破片があったぞ」
「おいおい、随分詳しいみてぇじゃねぇか。専門家かい?」
「俺の育った村の司祭さんがこういうの詳しくってな、発掘やら出土品整理の手伝いやらすると、褒美に菓子が貰えたんだよ。それ目当てに手伝っているうちにいつの間にか、な」
「へぇ、人は見かけによらないもんだ」
「無駄口叩いてないで、少しは何か探せ。最近このダンジョン跡で誰かが何かやった痕跡とかないか?」
「いや……ざっと見た限りじゃ見当たらねぇな。何か意味があるのか?」
「判らん。何でもいいから探せ。何も見つかりませんでしたって大隊長殿や副長殿に、お前が報告するなら別にいいけどな」
「ちっ、判ったよ。俺だってそういうのは御免……おいっ、人の足跡だ!」
二人が見つけたのは、以前クロウたちがここを訪れた時の足跡である。あの時は従魔たちも同行していたが、体の小さな従魔たちは足跡らしい足跡を残しておらず、仮にあったとしても単にトカゲやワラジムシの足跡でしかない。クルシャンクが特に注意しなかったのも無理はなかった。
「足跡は一人分だけ。迷わず奥まで続いているな……」
弟二十章は本話で終わりですが、モローの話はまだまだ続きます。




