第百七十七章 密偵受難曲 9.密偵たちの奮闘(その3)
「……はぁ……一体全体、何だったんだ、ありゃ……?」
「判らんが……何であれ、あんな群れに取り付かれるのは拙いだろう」
「だな。さっさとおさらばして正解だったろうよ」
『……素材の回収とか、全然考えてないみたいですね……』
『自分の力量を弁えているのか、偵察任務を重視しているのか……判らんな』
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「少し広い場所に出たな」
「……こんな場所、往きには通らなかったよな?」
「……て事は……道を間違えたって事か?」
間違えた以前に、転移トラップに引っかかっているのだが。
「凸凹が酷いな。歩きにくい」
「凸凹と言うより障壁だな……膝までしかないが……」
『誂えたように障碍陣地に迷い込んだな。さて、狙いどおりに機能するかどうか、確かめさせてもらおうか』
歩きにくい地形にブツブツと文句を垂れながら、密偵たちが広場の中程に近付いた時、数匹のモンスターが姿を現した。人間大のサソリという以外に形容の仕方が無い、そのモンスターの名前はスナイピオ。生態的にはサソリとほぼ変わらないが、唯一にして最大の違いはそのサイズ……だけではなく、尾端から毒液を放出……いや、発射して獲物を狙撃できるという点にあった。だがそれだけであれば、尾端の向きにさえ注意していれば、運動神経の発達した者であればという但し書きは付くが、躱せない事も無い。……そう、普通の立地条件であれば。
「うわっ!? 何だ!?」
「地面が融けて……モンスターかっ!」
完全に不意を衝かれた密偵たちが騒いでいる。命中させるなというクロウの指示が無かったら、完全に殲滅コースであったろう。
……そう。高々膝までの高さしかないとは言え、それらの障碍物はスナイピオの姿を覆い隠すには充分以上。彼らは遮蔽物の陰から狙撃を喰らったのであった。しかもそれらの遮蔽物は、密偵たちにとっては移動を妨げる障碍物としても機能する。動きを妨げられた上で、姿の見えない敵から狙われる。毒液から身を守るための何かがあればいいのだが、生憎と障碍物の高さは膝まで。密偵たちが身を隠すには不充分である。
『盾でもあれば別だろうが……この状況でテオドラムの密偵さんたちはどうする? お手並み拝見といくか』
薄嗤いを浮かべながらも、興味津々で成り行きを見守っていたクロウであったが、
『何と……そうきたか……』
密偵たちは即座に身を伏せて低い壁に身を隠し、そのまま匍匐前進で脱出を図ったのである。
『これは……相手の方が一枚上手だったか?』
『スナイピオの何匹かは、壁上か天井に配置するべきだったかもしれません』
『そうだな……次回からの参考にしよう。有意義な結果が得られたな』
予想外の方法で脱出されはしたものの、障碍陣地とスナイピオという組み合わせが有効である事もまた確認できた。その意味では、実働試験は上手く進んでいると言えるであろう。
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「……おぃ、もう大丈夫みたいだ」
「はぁ……何だったんだ? ありゃ」
匍匐前進で障碍陣地を脱出し、その後は一目散に突っ走ってきた。その後は、取るものも取りあえず目に付いた出口に飛び込んだため……
「完全に方角を見失ったな……」
「何、元々方向を間違えていたんだ。却って正しい方向に戻ったかもしれんだろう」
「……そうだな。ここは前向きに考えよう」
そう言って密偵たちは歩き出した。
『……あのポジティブさは見習うべきかもしれんな……』




