第百七十七章 密偵受難曲 6.密偵たちの迷走
『あの連中、ダンジョンについての知識が乏しいのか、ここを「岩窟」と同じように考えているみたいだったからな。同じような餌をちらつかせてやっただけだ』
『黄金と……いう……事ですか……?』
『そうだが、それだけじゃない』
思わせぶりな口調で、一旦言葉を切るクロウ。
『あいつらがテオドラムの密偵である以上、上司に報告するネタと証拠が欲しい筈だ。イラストリアが黄金を産出するダンジョンを確保しているというのは、やつらにとっては涎の出そうなネタだろう。そして、そのネタに信憑性を持たせるために、証拠物件が欲しい筈だ』
『それが、あのゴーレムって訳……?』
呆れたという顔で言うシャノアであったが、
『……それだけではないじゃろう。あやつら、さっきまでの慎重さに引き較べて、余りにも簡単に引っ掛かりおった』
『お、鋭いな爺さま。そこが一工夫ってやつだ』
『マスター、何をしたんですか?』
『何、ゴーレムに「魅了」のスキルを与えておいただけだ。鬼火と同じだな』
『うわぁ……』
『あくどい真似をやらかしおって……』
呆れたような声を上げたシャノアと爺さまと対照的に、眷属たちは感嘆の体である。
『やつらだって人並みに、金に対する欲望と執着はあるだろう。そして、その行動を正当化する理由……証拠品の確保という理由を与えてやり、「魅了」の効果で少し後押しをしてやっただけだ。……一旦走り出してしまえばあのとおりだな』
何かに憑かれたように――実際にゴーレムに魅了されているのだが――走っていた三人の姿がフッと消えた。
『……転移直廊はちゃんと動いたようだな』
『トラップなんですか?』
『あぁ。走っていて注意力が散漫になっている状態で捕捉したかったからな。普通の転移トラップじゃ難しいだろうと思って、直廊タイプにしてみたんだが』
ハイウェイ・ヒュプノーシス――高速道路催眠現象と訳されるそれにヒントを得て、単調な直線道路を走らせると注意が散漫になるのではないかと試作してみたのだが、「魅了」の効果もあってか、期待以上の成果を上げてくれたようだ。
『ゴーレムも一緒に転移させたの?』
『でなきゃ、自分たちが飛ばされた事に気付くだろうが』
首尾や如何に――とモニターを見つめる一同の目に、転送先の道をひた走る三人の姿が映っていた。
・・・・・・・・
「畜生……見失ったか……」
「あいつを捕まえて持って帰りゃ、報償と昇進は間違い無かったってぇのによ」
「……おぃ……それより、ここはどこだ?」
心細げな一人に指摘されて、初めて二人も気が付いた。脇目も振らずゴーレムを追いかけて来たせいで、現在位置を見失っている事に。
「……まぁ、ここはまだ一階層だ。それほど危険なモンスターは出ない筈だ」
「最初のうちはともかく、後の方は真っ直ぐな一本道だったし、迷う事も無いだろう」
「来る途中に罠も無かったしな」
――悉く、違う。
現在彼らがいるのは二階層であり、一階層の罠に加えてクロウ精選のモンスターが追加される、ヘルモード仕様の階層である。後の方で真っ直ぐな一本道になったのは、余計な事を考えさせず走る事だけに注意を向けさせようとして、クロウとロムルスが脇道を塞いだからである。同じ理由で罠も作動しないようにしていただけだ。
これを一言で云えば、クロウたちの掌で踊っていただけ――という事になるのだが、道化者の役を割り振られた彼らがそれに気付く事は無いのであった。
「ま、最初のうちは道もクネクネと折れ曲がっていたが、どう曲がったのかはちゃんと魔道具に記録してある。大丈夫だ」
・・・・・・・・
『……おぃ、そんな魔道具があるのか? だとしたら迷路系の罠は無効化される事になるぞ?』
三人の会話を聴いていたクロウが意外そうな声を上げた。
『そう言えば……軍にいた頃、ちらりと噂を耳にした事がありました。進む方向に変化があった場合、それを記録するのだとか。研究中で試作すらまだだという話でしたが……』
『少なくとも試作品は完成したらしいな』
『ウンウンと頷いてますから、ちゃんと作動したみたいですよ? 主様』
『参ったな……加速度の変化を記録するのか、それとも指南車の応用なのか……』
『? 詳しい仕組みは存じませんが、歩数計の改良だとか聞きました』
『歩数計……』
ここで会話に割り込んだのが、「還らずの迷宮」のダンジョンコアたるロムルスである。
『あの……クロウ様』
『うん? どうした? ロムルス』
『彼らが騒がないところを見ると……転移させられた事には気付いていないんじゃ?』
『……そう言えばそうか。少なくとも、あの魔道具の裏を掻く事はできたようだな』




