第百七十七章 密偵受難曲 2.密偵たちの侵入
『クロウ様、迷宮内に侵入した者があります』
ロムルスからの久しぶりの侵入者報告に、クロウは思わず顔を上げた。
バレンの冒険者ギルドがモローの双子のダンジョンについて「非推奨」の指定をしてからというもの、内部に侵入する者など絶えて久しい状況にあったのである。
『それはまた珍しいな。どこの物好きか自殺志願者だ?』
『それが……会話の端々から判断すると、どうもテオドラムの者らしく……』
『何だと?』
思いがけない回答を貰い、思わず眉根を寄せるクロウ。何でまたテオドラムの連中が?
『ロムルス、洞窟にいては事態が把握できんからそちらへ行く。ペーターにも連絡を……いや、映像と音声をオドラントに繋ぐ用意をしておけ』
『承知しました』
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「還らずの迷宮」に転移したクロウ一味は、コアルームの大型モニターで侵入者たちの動向を確認していた。ちなみに、普通のダンジョンにはここまでの設備は無い。
『ふむ……入口付近を探っているだけで、奥へ進もうとする気配は無いな』
ここまでの会話の端々から、彼らがテオドラムの密偵である事は察せられた。ただ、剣を始めとする装備品もテオドラム兵への支給品をそのまま使っているなど、身許を隠そうという意思は余り強く感じられない。
『……というと、この国で何か騒ぎを起こそうという筋は消えるか……』
『抑じゃ、この国で騒ぎを起こそうとする者が、何でダンジョンなぞに潜り込むというんじゃ?』
『そりゃ……ダンジョンモンスターを刺激してスタンピードを引き起こすとか……』
『幾ら何でも無謀過ぎるじゃろうが』
『いや、爆弾のような魔道具を設置して待避するだけなら、そう難しくはないんじゃないか? とは言え――』
クロウは一旦言葉を切って配下たちを見回す。
『国内情勢を不安定にしようとするなら、ただ一回のスタンピードでは不充分だ。騒ぎを効果的に拡大するような仕掛けが必要だろうが……そういう気配は無いんだよな?』
クロウの問いかけに頷く配下たち。
『ふむ……入口付近から離れようとしないところを見ても、破壊工作という筋は考えなくていいか』
しかし、だとすれば何の目的でやって来たのか?
『ギルドが「非推奨」に指定しているここ「還らずの迷宮」に態々侵入したんだ。然るべき理由があると考えるべきなんだろうが……』
ウォーレン卿がⅩの目的について同じような推論を巡らせていたのだが、今度はクロウが考え過ぎの罠に落ちようとしていた。
『……ペーター、お前たちの中に、あの連中を見知っている者はいないか?』
クロウが態々オドラントに映像・音声回線を繋ぐよう指示したのは、このためであった。しかし、返ってきた答は――
『……申し訳ありません。部下の者たちにも確認してみましたが、顔見知りだという者はいないようです』
『……そう都合好くは運ばんか。解った。それはいいとして、やつらを見ていて何か気付いた事は無いか?』
駄目元のつもりで訊いたクロウであったが、返ってきた答えは意外にも……




