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第百七十六章 諸国見廻り組巡察記 5.セルキア

少し長めです。

「いやぁ、本当に助かりました。ハンスさんたちはこの後……?」

「えぇ。二、三日はセルキア(ここ)に滞在するつもりですが、その後は……海辺の方に向かうか、北上してイスラファンに向かうか、今のところは決めかねています」

「そうですか……しばらくこちらへ滞在されるのなら、是非私どもの店にもお立ち寄り下さい」

「機会があればそうさせてもらいます。それでは、ご機嫌よう」

「はい、ご機嫌よう」



 途中襲って来た盗賊をあっさり蹴散らして、カイトたちは無事セルキアへ到着していた。盗賊を追い払ってくれたのが余程に嬉しかったと見えて、カザンは約束の額に大幅に上乗せした手数料を支払ってくれた。

 円満にカザンと別れたカイトたちは、前言のとおりここに(しばら)く腰を据えて情報の収集に当たる事になる。



「……とは言っても、どういう口実で訊き込みをしようかと案じていたんだが……」

「歴史学者って設定は使えそうだな」



 町の噂話程度ならいざ知らず、拠点候補地の有無などどうやったら訊き出せるのかと懸念していたが……歴史道楽が廃墟の事を訊ねるというのは、そう不自然な話ではない。伝説の故地を訪れるのだと言えば、そんなものかと納得してくれるだろう。……「呆れられる」の方が正しいかもしれないが。



「取り敢えず、あの商人が教えてくれた宿に向かうか」

「そうだな。何をするにしても、ひとまず宿に落ち着いてからだ」



・・・・・・・・



「訊き込んだ限りじゃ、思ったより噂になってねぇな、サルベージの件」



 宿に落ち着いて二日目の晩、手分けして情報収集した結果を持ち寄っての討議の場で、斥候職のバートが切り出した。



「そうだな。噂自体は聞こえてきているようだが、住民の関心は高くない」

他人(ひと)(ごと)って感じでしたよね」



 この時点ではクリムゾンバーンの「幻の革」は、まだ市場に投入されていない。

 それもあってか、ここセルキアでの古酒の評判は、〝へぇ、そうなんだ〟という感じに収まっていたのである。



「多分だが……引き揚げられた古酒の量を把握していないんじゃないか?」

「あぁ……沈没船のお宝っつったら、普通は一隻から回収したと思うわな……」

「海中の沈没船を総浚(そうざら)えしたなんて……思わないわよね……」

「健全な良識の持ち主ならな……」



 実際には、回収作業を行なった沈没船のうちで酒を積んでいた船は必ずしも多くなく、()して飲用可能な状態で保存されているものは更に稀であるため、カイトたちが思っているほどには古酒の量は多くない。加えて、古酒の大半がノンヒューム――具体的にはドワーフ――たちの腹の中に消えているので、人間たちの間に出廻っている量は更に少ないのであるが。

 それでも、セルキアの住人がイメージしているような一本二本という数ではない量が流れたのだが、幸か不幸かそのほとんどがイラストリア王家の手元に留まっているため、総量を把握する事は難しくなっていた。



「……もしもサルベージ品が噂になっていたら、港湾都市であるアクラとインシャラに(おもむ)き、カッファを経由してイスラファンに行くつもりだったが……」

「実際に噂に(のぼ)ってねぇんだし、その必要は()ぇだろう」

「――だな。という事で、アムルファン港湾都市の状況に関しては、今は取り立てて調べる必要は無いと判断する。拠点として使えそうな場所も見つからなかったし、予定どおりソマリクからイスラファンへ向かおうと思う」

「ソマリクで噂になっていたらどうします? 沿岸部に行くんですか?」

「いや。そのままヤシュリクに向かい、そこでの状況次第でイスラファンの港湾都市ハデンとレンツ、シュライフェンを探る。そこから北上して、モルファンのズーゲンハウンに行くつもりだが……どうだろうか?」



 ハンクは一応メンバーの意向を確認するが、特に反対の声は上がらず、その方針で問題あるまいという事になった。



「となると……食料とか必要なもんを買い込んどくか」

「そうだな。ご主人様からダンジョンゲートをお預かりしているとは言え、それに甘える訳にはいかん」

「あ、だったら、折角ですからカザン氏の店に行ってみませんか?」



 ハンスの提案は、他の面々の疑い深そうな視線に迎えられる事になった。



「……別れ際にオッサンが言ってた台詞(せりふ)か? 社交辞令ってやつじゃねぇのか?」

「多分ですけど……五分五分か四分六で本音だと思います」

「……なぜ、そう思える?」

「元・主計士官の勘ですかね」



 さらりと言ってのけたハンスの台詞(せりふ)に、今度は一同が考え込む事になった。



「……商人との交渉の手並みは見せてもらったからなぁ……」

「それが主計士官としての技術であり、その主計士官としての勘が(ささや)くというなら無視はできんが……」

「これも多分ですけど……テオドラム貴族の伝手(つて)が欲しいとか、テオドラムの情報が欲しいとか、金を持っているカモだと思ったとか、その辺じゃないでしょうか」

「商人がテオドラムの情報を?」

「今なら贋金の件じゃないでしょうか。新金貨の贋金が見つかったのがここセルキアだという話でしたから、他人(ひと)(ごと)じゃないんだと思います」

「成る程な……」

「まぁ何にしても、こちらをカモだと思っているのなら、売るべき品物も持っているという事でしょう」



 久々の交渉ですから楽しみですと言うハンスの意見を尊重して、カザンの店で必需品を調達しようという事になったのだが、ここでバートが懸念を表明する。



「けどよハンス、大丈夫なのか? 元・主計士官で商人相手に立ち廻ってたってんなら、アムルファンの商人たちに面が割れてんじゃねぇのか?」

「あぁそうか、皆さんはテオドラム軍のやり方なんかご存じないですよね。他国の商人と直に取引する訳ではないんです。テオドラムの御用商人が仲介するんですよ」



 ハンスたち主計士官が対応するのはその御用商人であり、他国の商人との直接取引は禁止であるそうだ。



「……そう言う事なら、大丈夫なのか?」

「ガベルの『蛇』連隊かマルクトの『獅子』連隊所属の主計士官なら、直接取引しないまでも、アムルファンの商人と顔見知りくらいにはなるかもしれませんけどね。僕はヴィンシュタットの『龍』連隊の所属でしたから」



 アムルファンの商人に顔を憶えられている心配は無いという。



「ならまぁ、大丈夫か」

「お手並み拝見といくか」

「はい、とくとご(ろう)じろ――ですよ」



・・・・・・・・



 翌日、カイトたち一行はハンスの技量に大いに感心した事を付け加えておく。

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