第百七十六章 諸国見廻り組巡察記 3.相乗り護衛の依頼(その1)
ハンスとの合流合流を果たした翌日、カイトたち一行はテオドラムの西部の交易都市ガベルに到着した。ここは幾つもの街道が交わる結節点であり、マルクトと並んでテオドラム屈指の商都である。この日は今後の道中に必要となるものを買い集めた後は、ゆっくりと宿で身体を休めた。エルダーアンデッドと化した身に休息が必要なのかどうか、彼ら自身にも判らないが――少なくとも気分的にはのんびりできるし、馬車を牽いている馬は生身である。休息日があって悪かろう筈が無い。
明けて翌朝、セルキアへ向けて発とうとした一行に、声をかけてきた者がいた。
「申し訳ございません。セルキアへ行かれるのでしたら、ご相伴に与りたいのでございますが」
声をかけてきたのは、アムルファンのセルキアに拠点を構える、カザンという名の商人だった。事情を訊いてみれば、ガベルからセルキアまでの護衛の手配が付かず、手数料は払うので相乗りで護衛をしてもらえないかという事であった。
「……あぁ……そう言えば……」
「この国は冒険者の数が少ないんだったな」
冒険者の絶対数が少ないため、商都ガベルと雖も、護衛の手配をするのは一苦労なのだという。
「いつもならセルキアの冒険者に往復の護衛を頼むのですが、今回は日程の関係で折り合いが付きませんで、片道のみの護衛となったものでして」
セルキアの商人の中には専属の護衛を抱えているものもおり、それらのキャラバンに便乗させてもらう時もあるのだが、今回は日程の都合でそれも無理であったらしい。
どうしたものかという視線を送るパーティメンバーたちであったが……
「まぁ……俺たちの方は構わないが……一応雇い主と相談してくれないか」
ハンクがハンスに話を振ったのは、別に面倒事を押し付けた訳ではない。道楽貴族の護衛役という設定上、自分たちの一存で決めるのは不自然だったからである。唯一の懸念は、海千山千の商人相手にハンスがどれだけ立ち廻れるかという点だけであったが……
「そうですね……馬車は自前のものをお持ちですか?」
「はい。それは持っております」
「でしたら、手数料の割り前を持ってもらえるというのであれば、自分としては構いません。万一盗賊に襲われた場合は、自分の護衛たちが時間を稼ぎますので、その隙に離脱してください」
「ありがとうございます」
意外にしっかりと対応できていた。後日訊いたところでは、主計士官たる者、商人たちと渡り合うための交渉能力は必須条件らしい。対人スキルが高いのも道理であった。
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「ははぁ……テオドラムへは貝殻を運んで来られたのですか」
結局カザンの申し出を受ける事にしたカイトたちは、二台の馬車に分乗する形でセルキアへの街道を進んでいた。日が暮れてきたところで適当な野営地に馬車を停め、一緒に食事を摂りながら雑談に興じているところである。
「えぇ。役人は土壌改良材だと言い張っていますが……どうですかね。ただ、今回はいつもよりも注文の量が多かったですね」
「へぇ……」
ハンスは少し前までオドラントのダンジョン――一応は試験場なのだが、ほとんど製糖工場と化している――にいたため、砂糖の作り方は熟知している。またカイトたちも、精糖作業の工程についてはクロウから一通りの事を教わっている。なので、テオドラムが購入したという「貝殻」が、恐らくは黒砂糖の精製の過程で石灰分として投入されるのだろうと見当が付いた。カザンという商人も薄々は察しているようだ。今回いつもより多くの量を発注したというのは……
(「……恐らくだが、少しでも精製の度合いを高めて、ご主人様の砂糖に対抗しようというのだろうな」)
(「いや……アレに対抗って……どう考えても無理筋だろうがよ」)
(「それでも、やらない訳にはいかないんでしょうね……」)




