第百七十五章 革騒動~第一幕~ 6.バンクスの商人
「う~ん……確かに上等の品だというのは判るんだが……」
持ち込まれた革製品を前に難しい顔付きで唸っているのは、バンクスに店を構えるパーリブという壮年の商人であった。その目の前にむっつりと佇んでいるのは、連絡会議から面倒事……もとい、大役を押し付けられた「鬱ぎ屋」クンツであった。
ダイムから面倒事を丸投げされたクンツが、独りてくてくと歩いてバンクスに辿り着いたのは、既に十一日を経たある日の事であった。
(妙な因果になったものだ……)
クンツは内心でむっつりと独り言ちた。
(連絡会議から厄介事を押し付けられた自分が、今度はその厄介事を他人に押し付けようとしているんだからな)
連絡会議からこの話を持ち出された時には、件の商人はエルギンではなくバンクスの在住だから――という理屈を付けて断ろうとしたのだが、それは却って好都合と言われて押し切られたのである。どうやら、エルギンにばかり話題が集中するのを避けたいようだったが……その気持ちは解らんでもない、とクンツは――そのとばっちりが自分に来た事には不満を覚えつつも――納得していた。第一、対テオドラム戦略を視野に入れた人族との融和策の一環であると言われたら、断りようが無いではないか。
実のところ連絡会議の面々も、バンクスはクロウの越冬地であるという事情を懸念しないでもなかったのだが、エルギンに話題が集中するのはそれ以上に拙いだろうと判断したのである。それに今は六月。クロウはとっくにバンクスを離れているから、特に問題は起こらない筈だ。実際に後日クロウに確認を取った時にも、ホルンたちの判断に問題は無いと――声に多少の困惑を滲ませてはいたが――お墨付きを貰っている。
話を戻してパーリブである。
クンツが持ち込んだ革細工は、どれもこれも見事な出来栄えだった。その点には文句の付けようが無い。問題なのは……これらの価値を自分が正確に評価できるかという点にある。選りに選って〝幻の革〟だと? そんなもの、どうやって値を付けたらいいんだ? とは言え、ここで断る選択肢は無い。となれば……
「……すまんが、私には適切な値付けはできない。取り敢えずこの場では暫定価格で買い取っておいて、高く売れたら差額分の歩合を払うという事でどうだろうか?」
自分でも手前勝手な条件だとは思うが、他に方法が思い浮かばない。しかしパーリブの懸念を他所に、クンツはそれで構わないと返答した。連絡会議の方としても、素より値付けに苦慮するであろう事は織り込み済みである。他ならぬ自分たちが困っているのだから、商人だって値付けには難儀するだろう。独断で値段を決めないだけ、寧ろ良心的だと言っていい。
両者の意向が折り合った事で、クリムゾンバーンの革製品は恙無くパーリブの預かりとなった。一種の委託販売である。ただしパーリブとしては、引き受けた革製品のうち蟇口のバッグは――便利そうだし目新しいので――自分で購入する気でいた。ただ、これも適正価格が不明なため、他の製品の売値を参考に値を付けようと考えていただけである。
その他の製品については……
(どこからどう見ても高級品に間違い無いし……店頭に並べるのは止めておくか。個別に話を持って行くにしても……事前に〝仕込み〟が必要だな。……あのお方を頼るか……)
パーリブは比較的心安くしている「お偉いさん」の事を思い浮かべた。正直言って、これらの高級品とは縁の遠そうな人物ではあるが、どこかの知人に流してくれる事ぐらいは期待できるだろう……
斯くして、クリムゾンバーンの革製品がもたらすであろう騒ぎは、新たなステージへと移るのであった。




