第百七十五章 革騒動~第一幕~ 5.小さな誤解から
できあがった革製品をどうするか。
ダイムとて革職人である以上、製品を捌く心当たりの一つや二つ、無い訳ではない。しかし、今回は少々勝手が違っていた。
「いつもみてぇに身内の中だけで流通させて……いいもんなのか?」
「何しろ『幻の革』だからなぁ……」
思案に余ったダイムは同僚であるホルンやトゥバに相談したのだが、相談を持ちかけられた二人も困惑するしか無かった。頼みのセルマインは早々に協力を断ってきたし、連絡会議事務局の会館にでも置いておけばいいかと気楽に考えていたのだが……
「抑コレって、古酒の代わりに使おうって話なんだよな?」
「あの時の話の流れからすると、そういう事なんだと思うが……」
ホルンが口にしているのは、二週間以上前にクロウと魔導通信機で話した時に、ふと話題に上った内容についてである。あの時は――古酒の在庫が残り少なくなっているという話から、古酒以外のサルベージ品が話題になっていないのかと聞かれたのだから……そういう理解でいい筈だ。
「だとすると……コレはやはり人間たちの間に流すべきという事なんだろうな」
したり顔で結論づけているのはトゥバであるが……違う。考え過ぎである。
クロウは難破船から奇妙な鞣し革を回収したので、本職であるダイムに押し付け……見てもらおうとしただけだ。抑、大量に回収した陶磁器の処分に頭を悩ませているというのに、この上更にクリムゾンバーンの革などという面倒な代物を抱え込む気などさらさら無い。
クロウとしては、面倒そうな革をダイムに押し付けた時点で、問題は解決したような気になっていたのであるが……気を回し過ぎた三人のせいで、またぞろ厄介な展開に巻き込まれようとしていた。
「人間たちの間に流すとすると……真っ先に思い付くのはホルベック卿なんだが……」
「いや……あの殿様をあまりイジメんなよ。可哀想だろ?」
「そうなんだよなぁ……」
古酒の件で面倒に巻き込んでしまったという反省と罪悪感はホルンたちにもある。どうか古酒を他所にも卸してくれと懇願してきた相手に、新たに古酒以外の銘品を押し付けるというのは、これは誰がどこからどう見ても虐待だろう。
「会館の隅にでも置いておけばいいかと、気楽に考えていたんだが……」
「そういう訳にはいかんだろう。人間、それも目の肥えた上流階級の者の間に着実に流通させるべきだと仰っているんだからな」
――言っていないというのに。
「なら……冒険者ギルドにでも任せるか? 上級の冒険者は、それなりに上流階級に伝手を持つと聞くぞ?」
「しかし、確実性には欠けるだろう」
「それ以前に、気に留めてもらえるかどうかが判らん。革鎧ならまだしも……」
「いや……ワイバーン変種の革鎧なら、普通に自分で使うんじゃないか? 防御性能は充分なんだろう?」
「だな」
「しかし、そうすると……後は酒造ギルドくらいしか思い付かんぞ?」
「ギルド繋がりで皮革ギルドか何かに口を利いてもらうか?」
「まず確実に、追及がもの凄い事になるぞ」
「だな……これは却下だ」
「しかし……そうなると八方塞がりだぞ。伝手というものを思い付かん」
「いや……冒険者と言えば……」
何かを思い付いたようにダイムが待ったをかける。
「何か思い付いたのか?」
「あぁ。獣人仲間に冒険者をやってるのがいるんだが、時々素材を人間の商人に売っているような事を言っていた。割と真っ当な取引をする商人で、お大尽にも顔が利くような話だった筈だ」
「ほぅ……」
「好さそうな話じゃないか」
斯くして、エルギンを根城とする獣人の冒険者、「鬱ぎ屋クンツ」にこの話が持ちかけられる仕儀と相成ったのである。




