第百七十五章 革騒動~第一幕~ 3.皮革職人の悩み
ドラゴンの革は珍しいとは言っても丸っきり出回らない訳ではないし、扱い方も判っている。対してクリムゾンバーンの革はと言えば……
「……百年以上というもの出てきた事が無ぇし、扱い方も失伝しちまってるしなぁ……」
魔獣の革には種類ごとの特徴や癖があり、それに応じた手順で加工しないと、本来の性能の半分も引き出す事ができない。ドラゴンの革は単に堅いために加工が面倒なだけで、どう扱ったら良いのかのノウハウは確立している。しかし、このクリムゾンバーンの革ときた日には、扱える職人などこの大陸中を探しても見付かるかどうか。
「……まぁ……祖父さんの祖父さんが残した覚え書きがあるし……丸っきりの手探りにならねぇだけマシか……」
ダイムはそう自分を慰めると、今や稀代の重要文書となった覚え書きを手に取った。
・・・・・・・・
数時間後、覚え書きに隅から隅まで目を通したダイムは、改めて頭を抱えていた。
「……鞣しと加工の間にやるべき事ぁ判ったが……こいつぁまた面倒な……」
どうやら鞣しの作業中にクリムゾンバーンの持つ魔力特性が損なわれるらしく、魔力を注いでそれを復活させない事には、本来の耐久性を発揮できないらしい。逆に言えば、そうまでしないとクリムゾンバーンの革は、色褪せる事無く鞣せないという事なのだろう。革職人からすると本末転倒な気もするが、敢えてそれを望む者がいる程には美しい色合いであるのも事実である。
問題は、魔力の乏しい獣人には難しい作業という事であるが、そこは魔石で代用できると書いてあった。
「……っつっても、魔石自体が手に入りにくい問題はどうしたんだよ、曾々祖父さんは……」
ちっぽけな、或いは低品質の魔石では、作業中に魔力が尽きてしまい、そうすると最初からやり直しになるから注意しろと書いてある。そこだけ妙に力を入れて書いてあるように見えるのは……
「……多分曾々祖父さんも、ここで失敗したんだろうな……。まぁ、幸か不幸か魔石の当てはあるんだが……」
以前何かに使えとクロウが置いていった魔石がしこたま残っている。なまじ魔力が桁外れに大きいため、怖くて使えなかった代物だ。ここで使わずにどこで使えと言うのだ。
腹を括ったダイムは、魔石を取り出すとクリムゾンバーンの革に向き直った……
・・・・・・・・
「一応〝戻し〟の作業はできたが……」
何分初めての作業なので、取り敢えず革の一枚だけに品質復旧の加工を施してみた。見た感じでは首尾良く遣り果せたように見える。しかし、曾々祖父の遺した覚え書きによると、面倒な工程はこの後も続くようであった。
「……基本的にゃワイバーンの革と同じだってんだが……要所々々で注意しねぇと、折角馴染ませた魔力が散逸するって……どんな面倒な革なんだよ……」
思った以上にデリケートな扱いを要求する革のようである。
こうなると、一度に大量の革を使うようなものは、怖くて作れない。作業に気を取られて魔力散逸の方にまで気が回らない可能性もあるので、慣れるまでは難度の高い加工も遠慮したい。その条件を満たす皮革製品となると、ダイムが本来得意とする革鎧やマントは初っ端から除外される事になる。ダイムとて一人前の革職人であるからには小物類も勿論作れるのだが、では何を作れば良いのかと言うと……
「こりゃ……俺一人で決めていいような話じゃねぇよなぁ……」




