第百七十五章 革騒動~第一幕~ 2.海底からの贈り物(その2)
「クリムゾンバーン? ワイバーンとは違うのか?」
ダイムに現物を見せる必要があるためどこかで落ち合う必要があるのだが、いまやエルギンは国中の貴族の注目する場となっており、曰くありげな品を持ち込むのには少々敷居が高い。シャルドはシャルドで、以前に増して観光客が殺到しているという。バレンやヴァザーリは凋落しているらしいが、あそこはノンヒュームに対する敵愾心が強い。
あれこれ考えた結果、クロウはモローの町外れでダイムたち三人組と会う事にした。モローも一頃とは違って訪問者が増えているが、町外れに出ればまだ人目を避ける事は可能である。
そんなこんなでダイムに問題の革を見せたところ、返ってきた答えが〝話に聞いただけなので絶対の確信は無いが、恐らくクリムゾンバーンの革だろう〟というものであったのだ。
「ワイバーンといやワイバーンなんですがね。変異種で赤味が強いんでさぁ」
「ほほぅ……ワイバーンとはどう違うんだ?」
「あ、いえ、革の色が違うだけで」
「そうか……」
生物として、あるいは魔獣としてみた場合には、普通のワイバーンとさして変わるところは無いのだが、革にした場合の美しさと稀少性から、高値で取引されていたのだという。
「過去形なのか? 今は有り触れているという訳か?」
「逆でさぁ。いえ、クリムゾンバーン自体は今でも時々出るらしいんですがね、そいつを上手く鞣す方法が伝わってねぇんで」
「うん? 普通の方法ではいかんのか?」
「普通のワイバーンと同じように鞣すと、肝心の色が褪せちまうんで」
言われてクロウは改めて、問題の革に目を遣った。二百数十年海底にあったその革は、今も深みのある濃赤色を示している。
「……こいつはどっちなんだ……?」
「……極上の部類で……」
【鑑定】結果を見てロシアンカーフのようだと思ったが、価値も稀少性も正しくロシアンカーフ並みであったらしい。
言い換えると……間違い無く物議を醸す事になる。
「あの……ひょっとして、これも……?」
恐る恐るという表情で訊ねるホルンに、クロウはむっつりと頷く事で肯定を表する。
「沈没船から手に入れた。およそ二百数十年前の代物だ」
「「「………………」」」
三者三様に言いたい事はあったようだが、沈没船から回収した古酒の味わいを享受している者としては、クリムゾンバーンについてだけ咎めるというのも筋が通らない。賢明にも沈黙を決め込んだのだが、クロウの方は沈黙する気はさらさら無いようであった。
「それでダイム、この革から何か作れそうか? 素材として使えるかという意味だが」
そういう話になるんじゃないかと恐れていたとおりの展開に、ダイムは内心で頭を抱えたが……
「……鞣しが面倒なだけで、鞣し終わった革は普通のワイバーンとそう変わらねぇって話も聞きますが……」
「違うのか?」
「へぇ。爺いの爺いが遺した覚書に書いてあったんですが、本来は鞣しと加工の間にもう一手間あったらしいんで。そいつを省くと長保ちしねぇって書いてありました」
「……この革はどうなんだ? 問題の処理を済ませてあるのか?」
「調べてみなくちゃ何とも言えませんがね……どうも、済ませていねぇような気がします」
「ダイム、お前、その処理ができるか?」
情け容赦の無いクロウの質問に、ダイムは少し困ったような顔をしたが、
「……上手くやれるかどうかは解りませんがね、覚え書きを見ればできねぇ事も無ぇんじゃねぇかと……」
何しろ貴重な革である。本来ならもっと腕の良い職人に廻すべきなのかもしれないが、肝心の技法が既に失伝している以上、誰がやっても大きな違いは無いだろう。寧ろ覚え書きがある分だけ、ダイムに任せた方が数段マシかもしれない。
クロウはそう判断すると……
「よし、ダイム。一切合財お前に任せる。どうせ革の持ち主は、二百年前にこの世からおさらばしてるんだ。文句を言い出すやつもいないだろうから、成功失敗など気にせずに好きなように試してみろ」
――と、豪儀な事を言い出した。
「……いいんですかい?」
「いや――良いも悪いも、他の誰に任せろと? ダイムが自分の判断で誰かに任せるというなら構わんが、その場合も秘密の保持には気を遣ってもらうからな」
「……何を作ればいいんで?」
「その辺りの判断も全て任せる。抑俺では、この革から何が作れるのかすら判らんからな」
「……へぃ」
文字どおり無制限に近いフリーハンドを与えられたダイムは項垂れると、今後の采配をどうしたものかと考えていた。




