第百七十五章 革騒動~第一幕~ 1.海底からの贈り物(その1)
〝Ⅹはダンジョンによってテオドラムを包囲し、通商封鎖を目論んでいる可能性がある〟
ウォーレン卿が――十中八九まで杞憂と思われるが、と前置きした上で――開陳した仮説は、控えめに言っても驚きをもって迎えられた。Ⅹがテオドラムおよびヤルタ教に対して敵意を抱いている――或いはノンヒュームたちに肩入れしている――らしいとは薄々感じていたが、まさかここまで徹底的な敵対行動を示すとは思わなかったのである。
「しかし……それを念頭に置いて、Ⅹのこれまでの作戦行動を眺めてみると、実に周到に計画されているのが判るな」
「然様でございますな。遡ってみればノーランドでの一件も、ヴァザーリに対する陽動であったと考えられますし、ノンヒュームに肩入れ……と言うか、彼らの敵に対して容赦無い攻撃を示していると考えられます」
実際にはノーランドもヴァザーリも、クロウたちの拠点があるエッジ村から目を逸らさせるために使われたのだが。
「そのⅩがこうまでテオドラムに対する敵意を露わにしているのだ。然るべき理由あっての事だろうし、彼の国がノンヒュームの奴隷を買い集めている事に鑑みれば、これとて対テオドラム活動の一環とも考えられる」
「そうも前からテオドラムを狙っていたとなると……やはりⅩは、一貫した戦略の下に行動を起こしているのでしょうか」
「てぇと……古酒騒動も何か狙いがあっての事でしょうかね? 儂にはあれがテオドラムとどう結び付くのか、検討も付かねぇんですが」
「確かにそうだが……古酒については今少し注意しておいた方が良いかもしれぬな」
「それと――古酒以外のサルベージ品についても、ですね」
「……成る程な」
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――というような妙な話になっているとは知らないクロウは、機を見ては沈没船からのお宝回収に精を出していた。食糧・衣料・木工製品のほとんどは当然変質・腐蝕していて使いものにはならなかった。金属製品も似たようなもので、鉄などの卑金属製品はほぼ例外なく腐蝕しており、原形を保っているのは貴金属製品ばかりであった。狙い目の古酒は相変わらず取得率が悪いが、それ以外のものは順調に(?)溜まっていく――貯まっていくではない。正直、場所塞ぎでしかないのであるが、見つけた以上はスルーするのも何か後味が良くない。と言う訳で、クロウの手元には難破船の財宝というやつがザクザクと集まっている訳だが、その中には中々面白く、かつ見過ごせないものも幾つか混じっていた。
『これは……鞣し革か?』
長年海中に没していたのだから、当然ながら品質は劣化している……と、思いきや……
(……【鑑定】した限りでは、内側に仕舞い込まれていたものは、思っていたほど劣化が進んでいないな。……ロシアンカーフみたいなものか?)
クロウの……と言うか、烏丸良志の住む世界では、嘗て帝政ロシア時代の沈没船から回収された鞣し革が話題になった事があった。今はもう失われた技術によって加工されたその革はロシアンカーフと呼ばれているが、正確には仔牛ではなくトナカイの革である。積み込んでいた船が荒天に遭って沈没し、二百年ほども海底に眠っていたにも拘わらず、その一部は皮革として加工し得るだけの品質を備えていた事から話題になったものだ。
沈没船から回収した二百年ものの鞣し革などただでさえ数が限られている上に、ロシアンカーフの場合は鞣し技法自体が失伝しているため再入手は不可能とされており、幻の革として稀少価値が高まっているらしい。
(……まぁ、こいつはトナカイじゃなくて、何かモンスターの革らしいが……結構丈夫そうだから使えるかな? ……ダイム辺りに相談してみるか)
宝石・貴金属や美術工芸品とは違って素材だから、処分先も探し易いのではないか? そういう淡い期待を抱いてダイムに連絡をとってみたのだが……




