第百七十四章 古酒騒動~第二幕~ 3.王家の困惑
イラストリアに少なからぬ波紋を投げかけた古酒であったが、実は回収された古酒のほとんどはノンヒューム――主にドワーフ――の間でのみ流通しており、人間たちの間に流れたのは一部でしかない。その稀少な一部を現在も保有しているのは、ノンヒューム連絡会議の事務局があるエルギンの領主オットー・ホルベック卿と、卿から献上を受けたイラストリア王家のみとなっていた。
ちなみにクロウがバンクスのパーティでお披露目した分は、参加者たちが最後の一滴まで飲み干している。
そして……保有者の一方であるホルベック卿は、手持ちの古酒のほとんどを改めて王家に献上するに及んでいた。古酒が爆弾と化している現在、こんなものを抱えていたくないとばかりに王家に押し付け、さっさと一抜けを図ったのである。
お蔭で身軽になったホルベック卿とは対照的に、問題の古酒を押し付けられた形――表向きは献上品を喜んで嘉納した事になっている――のイラストリア王家はというと……
「……正直なところ、手に余るというのが本音なのだがな……」
「……極上品には違いありませぬし、陛下がご自分だけで嗜まれる分には、何も問題は無いのでは?」
「それができると思うか?」
「……難しいかもしれませぬな、確かに」
既に古酒の件は国中の貴族に知れ渡っている。……王家がほぼ独占しているという、誤った認識とともに。
「……人の間に出回ったものに限って言えば、あながち間違いではないのだがな」
「大半はノンヒュームたちが消費しておるんでしたな。……しかし、入手可能な分は陛下が独占しておられるというのも、また事実な訳でございまして」
「……妙な言い方をするな。下手に振る舞えるようなものではない事は、宰相も諒解していようが」
「……まぁ……下手に誰かに振る舞おうものなら、最悪刃傷沙汰になりかねませんからのぉ……」
古酒の味わいとともにその稀少性まで広く知られた結果、誰かに古酒を振る舞うという事が、その誰かを特別扱いしていると解釈される可能性、いや、危険性があった。国王自らが不毛な権力争いの種を蒔く訳にはいかず、折角の古酒は王家の酒蔵で半ば死蔵されるようになっていた。それがまた〝王家の秘蔵品〟というステータスを確固不動のものにするという、不本意なスパイラルが形成されるに至っていたのである。
「かと言って、余が独りで飲んでいるなどという評判が立つと、吝嗇だの器が小さいだのといった悪評を立てられかねん」
「面倒な話でございますな」
「ハーコート卿やパートリッジ卿は気楽に楽しんだそうだが……全く、羨ましい話だ」
臣下に振る舞うのが問題なら、他国への贈りものとしてはどうか。
一見すると何の問題も無いように思えるが、実は同じ図式が国家間にも成立し得る。いや、事が国家間の話に拡大しているだけに、生じる問題もやはり国際問題にスケールアップしている。現在の国際関係を乱す訳にいかない王家としては、軽率な真似はできないのであった。
「……これがⅩの仕業だというなら、嫌がらせも神業の域に達しているな……」
「……考え過ぎじゃと思いますが……」
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そんな裏事情を知らぬクロウは、せっせと古酒集めに精を出していた。比較的近い場所の沈没船は粗方サルベージしてしまったとあって、より遠くの航路まで狩り場を広げていた。遠出の場合にはアンシーンだけではなく、より機動力の高いクリスマスシティーまで動員して回収に励んでいたのである。
その結果、クロウの許には古酒以外のアレコレがしこたま溜まる事になるのだが……それらを巡っての話については、筆を改めて語ることにしよう。




