第百七十四章 古酒騒動~第二幕~ 2.元凶たちの困惑(その2)
沈没船のサルベージというのは運次第である。古酒ばかりを狙ってサルベージするような器用な真似ができない事ぐらい気が付く筈だが……器用な真似ができると思われているのだろうか?
『いえ……恐らくは古酒の衝撃が大き過ぎたせいだと思いますが』
ふむ、とクロウは考える。現在古酒以外のサルベージ品がだぶついている状態だ。これを連絡会議に押し付ける事ができれば……
『そっち方面には、酒以上に伝手がありません。セルマインも宝飾品関係は取り扱っていませんし』
「仮に伝手があっても、今以上の混乱を連絡会議に押し付ける事になるな。駄目か」
『申し訳ありません』
「いや、俺が虫の良い事を考えたのが悪い。気にするな。ホルベック卿からの要請についてだが……古酒の数自体が残り少ないと答える事で納得してもらおう」
『畏まりました』
難破船からの回収品については、やはり当初の案どおり、ダンジョンのドロップ品にする方向で考えるべきだろう。……そう言えば、テオドラム兵が金塊を熱心に探していた。贋金騒ぎで手持ちの金が減ったためだろうが、あいつらを上手く使えないか?
宝箱という定番の手段も検討したクロウであったが、そんな事をしたら折角の労働力がダンジョン探索に廻ってしまう危険性に気が付いた。掘っている先にさり気無く金貨辺りを埋めておくくらいが関の山だろう。しかし、それだけでは焼け石に水だ。やはり新たなダンジョン「間の幻郷」のドロップ品にするのが一番のようだ。
(他のダンジョンはどういう風にしているのか、知るべきだろうか?)
・・・・・・・・
「サルベージの噂が無い? どういうこってす?」
イラストリア王城の一室で不審そうな声を上げたのはご存知ローバー将軍であり、
「言葉どおりの意味じゃ。内務を与るルボワ卿が、例のセルキアの贋金騒ぎを調べさせに何人かの部下を派遣したそうじゃが、少なくともアムルファンではそのような噂は出回っておらぬらしい」
その問いに答えたのは将軍の又従兄にして王国宰相のカーライル卿であった。場所は王城の一室、いつもの四人組の会合の場面である。
「沈没船のサルベージなんて大仕事をやらかせば、普通は噂の一つぐらい立ちそうなもんでしょうが」
「その噂が無いというのだから、普通のサルベージではなかったという事なのであろう」
将軍のぼやきに対して、こちらも疲れたように答えたのは国王であった。
「益々Ⅹの仕業臭くなりましたな」
「ノンヒュームたちが魔術か何かで引き上げ、そのまま自分たちで処理した可能性もありますけどね」
冷静なウォーレン卿の突っ込みが入る。
「サルベージ自体は沖合……と言うか、陸地を離れた海域でなされているのでしょうが、沈没しているとは言っても交易船の航路上ではある筈です。今でもそれなりに船の通行はあると考えていいでしょう」
「それが目撃されてねぇって事は……」
「サルベージ自体は人目を避けて行なったのでしょう。ただ……」
「それにしちゃ、サルベージを行なった事を隠していねぇのが妙だわな」
「考えられるとすれば……」
「「「――考えられるとすれば?」」」
思わず三人の声が揃う。
「……古酒以外の別のものが目当てでサルベージを行ない、その目当てのものについては秘匿しておきたかった場合。そして、その何かを既に入手した場合でしょうか」
「既に入手?」
「まだ入手していないのなら、殊更にサルベージの事を喧伝するとは思えませんから」
「……今現在、サルベージの事を大っぴらに触れ回ってるって事ぁ……」
「件の何かは既に入手済みで、それをサルベージによって得た事を暗に報せたいという事でしょうか……あくまで推測、いえ、憶測ですが」
クロウが考え無しに放出した古酒は、妙なところに妙な波紋を広げつつあった。




