第百七十三章 プロジェクト・オブ・Ⅹ 5.とある大隊副官の悩み(その2)
声に出した事で何かに気付いたように、ウォーレン卿は最近届いた情報のメモをひっくり返す。
「……あった、これだ。……ヴォルダヴァンの廃村に、妙な幽霊屋敷が出現……」
ウォーレン卿が探し出した情報は、アバンの廃村に造られたダンジョン「間の幻郷」についてのものであった。尤も現時点では、「幻郷」はダンジョンと見做されてはいない。この世界にも「迷い家」伝説のようなものはあった――〝ネーロの迷い家〟が有名――ため、その亜流のように思われていたのである。
ちなみに、クロウが最初の商人を引っ張り込んで「幻郷」の作動試験を実施したすぐ後に、別の商人が廃村で一夜を明かしたので、クロウはこれ幸いと試験に引き摺り込んだ。その詳細については稿を改めて述べるが、とにかくその結果、短期間のうちに二つの事例が相次ぐ事になり、これを重要な情報――何らかの謀略の可能性がある――と判断した現地の商業ギルドから魔導通信機によって各地各国の商業ギルドに通達が走り、その情報がウォーレン卿の下へも届いていたのである。
「……もしもこれがⅩのダンジョンだとすると……やはり、Ⅹの目論見はテオドラムを包囲する事か……」
――違う。
ピットと廃坑は成り行きで指揮下に置いただけ、岩窟は嫌がらせ兼気晴らしのために造ったもので、アバンの廃村――と「谺の迷宮」――は、そこに偶々手頃な物件があっただけである。
「……Ⅹの意図が那辺にあるのかまでは確かめようが無いが……下手をするとテオドラムは、自国の交易ルートをⅩに握られかねない……」
ウォーレン卿はなおも推測――と言うより憶測もしくは空想――を進める。
「マーヴィック商務卿とバーモット財務卿の見立てでは、あの贋金騒ぎはどうやらテオドラムの経済を攻める一手だったらしいし……Ⅹめ……贋金でテオドラムの経済に一撃を加えた上に、今度は流通まで脅かそうというのか?」
ぶつぶつと呟いていたウォーレン卿であったが、その時ノックも無しに扉を開けて入室した者がいた。非常時には礼儀などどこかへ吹っ飛ぶのが当たり前の軍隊であるが、平時にそんな傍若無人の振る舞いをやってのける者は多くない。
「飯も食わずに引き籠もってどうした? ウォーレン。従兵が心配して、儂んとこへやって来たぞ?」
ローバー将軍はそう言うと、サンドイッチの載った大皿と、恐らくは濃いめの紅茶が入っているであろうポットを掲げて見せた。
・・・・・・・・
「……考え過ぎじゃねぇか?」
簡素ではあるが充分な食事を済ませた後で、ウォーレン卿の懸念を聞いたローバー将軍の第一声である。
「確かに杞憂かもしれません。ただ、そうすると……」
「これ見よがしなダンジョン配置の説明がつかねぇか……」
昨年の「災厄の岩窟」騒動の時にマーカスやヤルタ教から持ち出された、ダンジョンの帯状配置の問題。それに対して新たな解釈が存在する可能性を、ウォーレン卿が持ち出した訳である。
「確かに、モローとシャルドを抜きにすると、他のダンジョンはテオドラムを取り囲んでいるように見えなくもねぇが……だがよウォーレン」
ローバー将軍は一旦言葉を切ると、無骨な太い指で地図の一点を指し示す。
「そいつぁこの……アバンとかいう廃村がⅩのダンジョンだとすればの話だろう? いや、そいつを数に入れても、帯状配置を否定する材料にはならんぞ?」




