挿 話 プレイバック
少し前、ヴァザーリでの奴隷解放戦直後のエピソードです。おさらいであると同時に、伏線でもあります。
エルフと獣人によるヴァザーリ襲撃当夜。
一人の男が混迷の領都をかき分け、依頼された「お届け物」を探していた。
クソっ! 失敗だ!失敗だ!失敗だっ!
「使い」と会合するために領都を離れていたのが完全に裏目に出た!
護衛対象を攫われるなんて、ドジにも程がある!
あの若様を、よりにもよって亜人に攫われるなんて! 若様の身元が亜人どもに知れたら、どんな目に遭わされるか知れたもんじゃねぇ。下手をすると既に……いやっ、下らねぇ事考えてる暇があったら、やつらがどこへ行ったか頭を働かせろ!
亜人どもの狙いは奴隷にされた仲間だろう。選ぶ手間を省いて、誰彼構わず奴隷を解放しやがったみてぇだ。若様は間違えられて一緒に連れ去られたと考えたんだが……他の可能性はねぇか?
まず、連れ去られずにどこかに隠れている、ってのは無しだ。奴隷商人の野郎が血相変えて探してやがったからな。見つかねえってこたぁ、ヴァザーリ内にゃあいねぇんだろう。亜人以外の誰か、例えば逃げ出した犯罪奴隷に身代金目当てに連れ去られた、ってのは……いや、これも無ぇか。若様の身元はしっかり隠してあった筈、犯罪奴隷ふぜいが気づくたぁ思えん。……もう一つは、正直考えたくねぇんだが、俺たちを追ってきたやつにどさくさ紛れに殺られた、ってぇ可能性か。あり得なくはねぇが、亜人どもの襲撃は追っ手にとっても予想外だった筈、そうそう上手い具合にやれるとも思えん。追っ手と亜人がグルだった……公爵家の一件を考えるとあり得なくはねぇが、そこまで捻くれて考えてちゃ切りがねぇ。
若様は亜人どもに攫われた。そう考えて動くとしよう。
亜人どもなら人目を避けて、森か山のある方角へ逃げるはずだ。て、こたぁ西側か。よし、そっちの方角へ跡を辿ってみるか。若様の身元が知られたら、亜人の里へは連れて行かねぇ筈だ。逆に、連れて行ったんなら、若様の身は安全だろう。とにかく、跡を辿ってみよう。
クリーヴァー元公爵家の公子マールを安全に送り届けるため、支援者側は念の入った手順を定めていた。まず、奴隷商人と護衛の両名ともが、届け先の事を――安全な場所としか――聞いていない。ホルベック卿の名を知っていたのは公子だけで、それも決して漏らさぬように念を押されていた。奴隷商人と護衛は、三つに割った割り符のうちの両端の切片をそれぞれ持ち、受け入れ側の使いの男が真ん中の切片を持っている。使いの男は公子の居場所を知らされておらず、まず護衛の男が使いを確認して奴隷商人に引き合わせ、奴隷商人は再び割り符を確認した上で、公子と護衛を引き渡す。そういう手の込んだ仕組みになっていた。
ところが、護衛の男が使いと会合するために出発した後で襲撃があり、火の手を認めて引き返した護衛が奴隷商人のもとへ辿り着いた時には、既に手遅れであった。この一件のせいで護衛の男は使いと会合できず、使いの男は異常事態と判断してそのまま立ち去った。護衛の男が受け手の身元を知る機会は、ここに消えたのである。
三日間にわたる懸命の捜索も空しく、護衛の男は公子の行方を見出す事ができなかった。
新章の話をもう一話投稿します。




