第百七十三章 プロジェクト・オブ・Ⅹ 4.とある大隊副官の悩み(その1)
五月の半ばを少し過ぎた頃、ウォーレン卿は大隊詰め所の自室で、眉根を寄せて考え込んでいた。
(Ⅹの目的が判らない。一体何を考えている……?)
斯くもウォーレン卿を悩ませているのは、Ⅹことクロウの狙いが那辺にあるのか判らないという事実であった。
(……これだけの事をしでかす以上、Ⅹは確たる戦略の下に行動している筈。なのにそれが判らないとは……王国の懐刀などと呼ばれていい気になっていたが……自分などその名に値せぬという事か……)
自嘲混じりに悩むウォーレン卿であったが……判らないのも道理である。
――何しろ、前提が既に間違っている。
抑クロウは、〝確たる戦略の下に行動して〟などいない。難局に出くわすたびに、その場その場で行き当たりばったりの対策を講じているだけだ。ただ、ダンジョンマスター改めダンジョンロード――先日久しぶりに自分を鑑定したら、「ダンジョンの支配者」から「ダンジョンロード」にランクアップしていた。規格外に多くの、且つ規格外に強力なダンジョンを支配下に置いた事が原因らしい――としての能力がこれまた規格外に高いため、一見すると鮮やかな手際に見えるだけである。芯の通った戦略など無いのだから、これでクロウの出方が読めたとしたら、そっちの方が異常である。
しかし、そんな裏事情があるなどとは毫も思い付かないウォーレン卿は、おのが非才を自嘲しつつ、懸命に頭を働かせるのであった。正直者は往々にして馬鹿を見るのである。
(……テオドラムへの嫌がらせとノンヒュームへの支援はいいとしても、そこにダンジョンはどう関わってくるのか?)
まさかクロウ本人がダンジョンマスター――現在はダンジョンロード――だなどとは思いも付かないウォーレン卿は、Ⅹことクロウがなぜ態々ダンジョンを持ち出したのかが理解できずに悩んでいた。一人のダンジョンマスターがあちこちにダンジョンを造り出すなど、健全な良識を持つウォーレン卿の想像の埒外にあったのである。
(ヤルタ教への嫌がらせという事も考えられるが……どう考えても割に合わないだろう。第一、Ⅹの指揮下にあると覚しきダンジョンがあるのは、何れもヤルタ教と無関係な場所だ)
亜人の弾圧を標榜するヤルタ教を、Ⅹが敵視しているのは間違い無いだろう。ヴァザーリの教会を襲撃した件が好い例だ。しかし、ヤルタ教に対抗するためにダンジョンが使われたとは思えない。
(とは言え、Ⅹが度々ダンジョンを生み出しているのも事実。モローの双子のダンジョンを始めとして……うん……?)
妙な違和感が頭の隅を過ぎる。
その正体を見極めようとしたウォーレン卿は、自分がさっき何を考えていたのか、思考の流れを改めて見直してみた。
(モローの双子のダンジョンから連想して……そう……以前にヤルタ教の教主が言っていた事……ダンジョンの配置が……モロー・シャルド・岩窟……違う!)
その事に気付いたウォーレン卿は、いつしか考えを口に出して呟いていた。
「……遺跡であるシャルドはⅩとは無関係。そして……そのシャルドに対するために置かれたであろうモローのダンジョンも、他のダンジョンとは切り離して考えるべきなんだ。そうすると……Ⅹの意図が絡んでいるのは、ピット・岩窟・廃坑……」
何れも狙い澄ましたように、テオドラムの外周に沿って配置されている。
「まさか……」
ごくりと唾を飲み込むと、ウォーレン卿はその考えを言葉にした。
「……Ⅹはテオドラムをダンジョンで包囲するつもりなのか……?」




