第百七十三章 プロジェクト・オブ・Ⅹ 3.精霊門、稼働中(その2)
『話を戻すが――モルヴァニアから来た精霊がいるのか?』
『モルヴァニアだけじゃないわよ? 門が開かれたおかげで、あちこちの子がやって来てるし、こっちから行く子も多いわね』
それ自体は喜ばしい事であるが、そこまで盛大に精霊たちが動いているとなると、人目についたりしないだろうか? 目立たず隠棲をモットーにしているクロウとしては、些か不安になる状況である。
『大丈夫だってば。ちゃんと移動は夜限定にしてるし、抑あたしたちが見える人間なんていないわよ』
『いや……人間だけじゃなくて、エルフたちにもあまり知られたくないんだが……?』
『……え? ……エルフも駄目なの?』
キョトンとした、或いはばつが悪そうな顔のシャノアを見て、一気に不安が膨れ上がるクロウ。
『シャノア……』
『だ、大丈夫よ……多分……』
『〝多分〟というのは大丈夫のうちに入らん! さっさと確かめてこい!』
クロウに叱責されて、慌てて洞窟を飛び出して行くシャノア。
『……本当に大丈夫なのか?』
『多分……大丈夫……でしょう』
『シャノア嬢はともかく、他の精霊たちは気を遣っているようですからな』
――という評価を従魔たちからも貰う辺り、シャノアがどう見られているか察せられようというものだ。
『そうは言うがな、人間と契約している精霊はどうなんだ? ポロッと口を滑らせたりしないよな?』
『ご主人様、抑そこまで明確に精霊たちと意思を通じる事のできる者は、そう多くはないと推察いたします』
『精霊と「縁を結ぶ」のって、珍しいそうですよ? マスター』
『だといいんだが……』
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数刻後、ぐったりとした様子で戻って来たシャノアに事情を訊いたところ、精霊たちは精霊門の運用に当たっては病的なまでに慎重になっており、軽々しく触れ回るような不心得者はいないという事であった。スレイとハイファの見立てどおりであった訳である。
『……と言うか……今頃になってそんな事を言い出すとはどういうつもりだ――って……』
逆に精霊たちから突き上げと絞り上げを喰らったらしい。
抑精霊たちからすれば、ドラゴンを秒殺するクロウの機嫌を損ねるような真似などできよう筈が無い。それでなくとも、百年以上に亘って途絶えていた精霊同士の交流を回復してくれた恩人なのである。その意に添わぬような真似をする訳が無い。
『まぁ……考えてみれば、軽率な運用をしていれば、ダンジョンコアたちが黙っている筈も無いか。ピットにはダバルもいる訳だしな』
『それ以前にじゃ、抑お主のダンジョンに近付こうなどという命知らずはおるまいが』
『それがそうとも言えん。何しろモローのダンジョンには、結構な人数の観光客が訪れているそうだからな』
『……そう言えば、そうじゃったな……』
『まぁ逆に言えば、何かあったら観光客が騒ぎ立てる筈だから、こっちの知らぬうちにどうこうという事だけは無いとも言えるんだが……』
『取り敢えず……「間の幻郷」を除く三ヵ所は……既に……ダンジョンと……見做されて……いる……訳ですし……万一精霊が見付かっても……それほど不審には……思われないのでは……?』
『抑じゃ、その点も考慮してあれらのダンジョンを選んだんじゃろうが』
『……まぁ、精霊たちの意識を確認できたから良しとするか』
斯くしてこの一件は、シャノアが長老級の精霊たちから説教を喰らうだけという結果に終わったのであった。




