第百七十三章 プロジェクト・オブ・Ⅹ 2.精霊門、稼働中(その1)
『クロウ、あの悪商人たち、とっ捕まったみたいよ』
ひょっこりと洞窟にやって来たシャノアがそう報告した時、クロウは何の話か解らなかった。商都バンクスで冬を越しているため、幾人かの商人たちとも顔見知りにはなったが、その中にお縄になるような悪徳商人はいなかった筈だが……?
『んもう、ニンチショーとかに罹ったんじゃないでしょうね? アバンの廃村で悪巧みをしていた商人がいたでしょ』
『誰がボケ老人だ。……しかし……そうか、あの連中か……』
『……そう言えばいましたね、そういうの……』
アバンの廃村に幽霊の噂を流した張本人。その正体は、毒麦の件ですっかり引き取り手が無くなったテオドラムの小麦を処分するため、安全と品質が――テオドラム以外の国によって――保証された正規品の中身とすり替えようとしていた悪徳商人の一味であった。正規品の袋の口は粘土で封印してあるため、その封泥を偽造して売り捌く事を目論んでいたらしいのだが……
『……詰め替える手間すら惜しんで、封泥だけ偽造してそのまま流すつもりだったみたいだからなぁ……』
『こういうところで一手間を惜しむから、駄目なのよね』
『そのとおりだが……何か料理の話みたいに聞こえるな……』
『料理も人生も、決め手は同じって事ですよね、マスター』
袋がテオドラム規格のままな上に、エメンに言わせれば封印の偽造もお粗末極まり無く、封泥として使った泥自体が正規のものとは違っているなど……
『放って置いてもすぐにばれるって話だったからなぁ……』
『エメン、呆れてたわよね。偽造をする気があるのかって言って』
『まるきり子供だましのレベルだったみたいだからな』
『浅はかですぅ』
遠間から気付かれないように鑑定してみたところ、麦角による汚染は無いようであったので、クロウも直接手を下す事は差し控えた。ただし、産地偽装の小麦が出回る可能性については、噂の形で各方面に流れるように手配していた。その甲斐あってか早々に露見して、袋叩きにされた上でシャノアの言うとおりに官憲へ突き出されたのである。
『で? お前はどこからその話を聞き込んできた?』
『あたしが直に聞き込んだ訳じゃないわよ。クロウが開いてくれた精霊門を通って、モルヴァニアからやって来た子が教えてくれたの』
『モルヴァニア? あの商人、モルヴァニアに潜り込んだのか? てっきりヴォルダヴァン辺りで売り捌くんだと思ってたが』
小麦の横流しをしたのがテオドラムの小役人であった事もあってか、テオドラムと通商関係を結んでいるヴォルダヴァンに迷惑をかける事は控えたらしい。モルヴァニアとは現状国境を挟んで睨み合う形になっているし、破壊工作の一環とでも思ったのかもしれない。
『しかし……精霊たちの移動は順調のようだな。少しホッとした』
『うん。有り難う、クロウ』
精霊たちからダンジョン内に門を開設する事を打診され、一度は難色を示したクロウであったが、地域間の交流を断たれる事は精霊という種族の存亡にも関わってきかねないと考え直し、取り敢えず四つのダンジョンに絞って開設の許可を出していた。
クロウが許可を出したのは、既にダンジョンと認知されているモローの双子のダンジョン――「還らずの迷宮」と「流砂の迷宮」――と「ピット」、それに「間の幻郷」だけ。それも原則として利用は夜間に限り、可能な限り人目を避け、当面は少人数だけ許可――という厳しいものであったが、それでも長距離移動が可能になった事で、精霊たちのクロウへの好感度は鰻登りとなっていた。ちなみにモローのダンジョンの場合は、正規の入口とは別に細い通路を作り、その奥に精霊門を設置している。通路と言っても人間には通れないサイズなので、見つかる可能性は低いだろうと考えての事である。
なお、精霊門という名前から、行き先が固定されたトンネルのようなものを想像していたクロウであったが、実際に設置されたのは行き先が選べるタイプであった。心中密かに「ど○でもドア」みたいだなと思ったのは、ここだけの話である。
〝クロウが思ってるような門もあるんだけどね、三カ所以上設置する場合は数が増えちゃうのよ。それって面倒だし場所もとるから、こっちの方が好いでしょ?〟
――というシャノアの説明に納得して、クロウはハイグレード版の設置に同意した。ちなみにハイグレード版と言うだけあって魔力の消費量は大きいのだが、そこは魔力が余りまくっているクロウのダンジョン。精霊門が消費する程度の魔力など、ものの数ではないのであった。




