挿 話 従魔たちと透明ボール(その2)
斯くしてクロウが創り上げたのは、ぱっと見には空気穴の開いた大きめのプラスチックボール。而してその実態は、空間拡張の魔法が付与されているため、サイズに拘わり無く中に入る事ができるというトンデモ魔道具であった。
『この中に……入って……転がる訳……ですか?』
『お、察しが良いな、ハイファ。こっちの世界じゃハムスター――さっき言った小さなネズミだな――用の遊具として売られているのを少し改良した』
空間魔法の付与というのは「少し」の範疇に入るのだろうかと思った従魔たちだが、それを口にしない程度の分別はある。何より、クロウが自分たちの事を思って作ってくれた道具なのだ。シャノアの方は何か言いたげではあったが、賢明にも場の空気を読んで、やはり黙っている事にしたらしい。
『ただ……付与した空間魔法がちゃんと働くかどうか、副作用が発生しないかの検証が必要なんだよな……』
『はいっ! マスター、僕がやります!』
威勢良く名告り出たキーンであったが、他の従魔たちから待ったがかかる。我も我も我こそはと口々に言い募る従魔たち――とシャノア――を一喝したのは、意外にもハイファであった。
『まったく……実害が無いか……どうかの……検証であると……ご主人様も……おっしゃったでしょう……分体を生み出せる……私以外に……適任が……いない事ぐらい……理解しなさい』
自信満々に言い切るハイファにぐうの音も出ない従魔たち。恨めしげにクロウの方を見遣るが、クロウとしてもハイファの言い分に一理があると思っているので、嘆願の視線はスルーである。
『面倒を押し付けてすまんな、ハイファ』
『いえ……これくらいは……お安い御用……です』
意気揚々とボールに入るハイファ。完全に入ったのを確認して、クロウが身体の状態などを訊ねる。異常無しとの返事を貰ってからボールの入口をしっかりと閉め、あとはハイファの意思に任せる。
やがて、ボール内のハイファが動くのに合わせて、バランスを崩したボールが転がり始める。
『お……おぉ……わわっ!……はっ!』
コロコロと転がる動きが新鮮なのか、珍しく歓声を上げるハイファを見て、従魔たちが羨ましそうな視線を向ける……その中にはクロウも交じっているが。
一頻り転がって満足したのか、終了の合図を見てクロウが容器の蓋を開ける。
『はぁ……新鮮な……感覚でした……』
『ハイファ、身体に異常は無いか? 不都合や不具合は無かったか?』
『別に……問題は……無いようですが……もしもご主人様が……お気になさるのであれば……いっそ……ダンジョン化しては……如何でしょうか』
『……何?』
思いがけないハイファの提案にしばし虚を衝かれはしたが、落ち着いて考えてみれば名案のような気がする。ダンジョンにしておけば、ダンジョンマスターでもある自分やダンジョンモンスターである従魔たちに危害が及ぶ事も無いし、不測の事態が生じても、従魔たちを守る事ができるだろう。それに……
(ダンジョンなら蓋を閉める者が外にいなくても、ダンジョンとしての機能で扉の開閉はできるよな)
楽しげなハイファの様子を見て、クロウ本人も気になっていたのである。
後続の従魔たちが入る前にボールをダンジョン化するクロウ。そして、安全が確認されたボールに順番に入って行く従魔たち。
さすがに大柄なウィンがボールに収まった時には全員から驚きの声が上がった。何しろ外から見ていると、ウィンが縮んだようにしか見えなかったのだ。
『ウィン、身体に異常は無いか?』
『はい? 何ともありませんけど? ……どうかしたんですか? 主様』
『いや……外からは、お前の身体が小さくなったようにしか見えないからな』
『え? こっちからはいつもどおりの大きさに見えるんですけど?』
意外な展開に少々驚きはしたが、それ以外は何の問題も無く、ウィンは新鮮な体験をすっかり堪能して出てきた。
『ハイファさんの言うように、物凄く新鮮な感覚でした』
『そう……でしょう?』
従魔たち――とシャノア――が満足したのを見届けたクロウは、いよいよ自分がボールに入ってみる事にする。
『えっ!? マスターが!?』
『入っちゃうんですかぁ?』
『クロウ……貴方、何を考えてるのよ……』
何だ? 別に、俺が入っても問題無いだろうが。ちょっと興味があるんだよ。
『わ! わ! わわっ!』
『主様が……』
『ちっちゃぃですぅ……』
『むぅ……中からはいつもどおりのサイズにしか見えんな』
『あれ? でも、このボール……』
『おぉ? 少し押したぐらいでは、ピクリとも動きませんな?』
『あ? 本当だ。重たくなってますね』
『そりゃまあ、いくら空間が拡張されているといっても、俺の質量まで軽減された訳じゃないからな』
そうなると、ラノベ定番のアイテムバッグや魔法袋というのはどうなるのかという疑問が出てくるが、今回は透明ボールが魔道具でなくダンジョンになっている事や、術者兼ダンジョンマスターのクロウが中に入っている事などが関係しているらしい。何しろ間違い無く史上初の珍案件だけに、色々と想定外の事があるようだ。ともあれ、クロウは当初の目的である透明ボールを堪能する事ができた。
『いや~……想像以上に楽しいな、これは』




