第百七十二章 密偵受難曲~導入部~ 3.新たな任務
テオドラムから派遣された密偵たちは、新たに下された任務を果たすべく目的地へと向かっていた。
「……シャルドの遺跡を探ってこい、ねぇ……」
「お偉方の話じゃ、イラストリアはシャルドに軍を駐留させ、開戦の準備を進めているそうだ。その状況を確認してこいというんだが……」
「開戦の準備?」
「王都じゃそんな気配は無かったぞ?」
「うむ……そのとおりなんだが……」
どうにも怪しげな命令に、疑念と不信感を掻き立てられる密偵たち。氷室が軍事拠点に化けたくらいだ。開戦準備というのも眉唾ではないのか。
「……てぇか、確実に間違いだろう」
「つか、王都の氷室で食料の長期保存ができるようになるのと、兵糧の確保に走るのは、全然別の話だろう」
「国が兵糧の確保に走ったら、まず間違い無く食料品が値上がりするもんだ。そんな予兆は見られなかったよな?」
「だな」
「うむ」
どうせこの話も眉唾だろうと、やや投げ槍に判断する密偵三人組。その判断が正鵠を射ているのが笑えない。
「話を大袈裟にしてるってぇか……」
「〝幽霊の 正体見たり 枯れ尾花〟――ってやつか?」
「〝大山鳴動して鼠一匹〟かもしれんぞ?」
「まぁ、行ってみれば判るだろう」
斯くして、テオドラムの密偵たちはその情勢を探るべく、シャルドへ足を向けたのであった。
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「……おぃ」
「…………」
「確かに多くの人間が集まっており、軍も精力的に活動してはいるな……見物人の整理という形で」
「「…………」」
確かにシャルドには二個小隊以上の兵士が駐留しており、しかも大々的に活動していた。その点では、テオドラム上層部が掴んだ情報も間違いだとは言えない。
間違っているのは、その活動が軍事的なものではないという事である。あろう事か、彼らの主任務は観光客の人員整理と遺跡の警備なのであった。
どう斜に構えて判断しても、王都の第一大隊が態々戦力を分派して行なうような任務ではない。なのに現実にそうなっているのは、代替戦力の当てが無いからである。
ウォーレン卿の献策で予備役の招集という方針は立ったものの、それを戦隊規模で実現するには時間がかかる。現状で兵力に余裕があるのは第一大隊しかないという事情から、依然として第五中隊の一部がシャルドの警備任務に当たっているのであった。シャルドに関しては――ローバー軍務卿代理が漏らしていたように――支援拠点として整備するという案が出ている関係で、予備役による警備班に一任する訳にもいかなくなっている。色々とややこしい事情が絡んでいるため、現状では第五中隊以上に適した兵力が存在しないという事なのであった。
前置きが長くなったが、そんな彼らの任務である警備とは……
「……このところ、遺跡内部に侵入しようとする亜人が後を絶たんそうだ」
「んじゃ何か? あのものものしい警備は……物好きな亜人が遺跡内に潜り込むのを阻止するための……?」
「どうもそうらしい」
実は、偉大な先祖の遺跡を一目見ようと、中に侵入を試みるエルフが後を絶たないという事態が発生していた。人員整理に加えて遺跡の警備まで押し付けられた第五中隊の二個小隊はオーバーワーク気味となり、本部に増援を要求した。
元々シャルドに派遣されている二個小隊は、そのままでは殺到する観光客を捌ききれないとの悲鳴……もとい、上申があった事から、分隊の定員を増やす事で実質的な増強を図ってある。これは、軽々に部隊数を増やした場合、周辺諸国を徒に刺激しかねないとの判断によるものだ。当初はこれで乗り切れるかと思っていたのだが、先述したように遺跡内部に侵入を図るノンヒュームたちが増えたために再びオーバーワーク気味になる。
半ば自棄を起こした第一大隊が、各小隊を構成する分隊そのものの数まで増やすという荒療治に出たため、予備役部隊の投入と併せて、駐屯兵力は最初の倍近くにまで増強されていた。
このような兵力増強がテオドラムの注意を引いた結果、密偵たちが派遣される事になったのであるが……
「……イラストリア軍の一個中隊近い規模まで増強された部隊の任務が……」
「観光客の人員整理と遺跡の警備っていうのは……」
「お偉方にも想像が付かなかったんだろうなぁ……」
複雑な思いで現状を確認する密偵たちであったが、
「……あれだけ警備が厳重となると、遺跡内に侵入するのは無理だな」
「うむ。こちらにもう少し手勢がいれば強行潜入も可能かもしれんが……この人数では無理だ」
「と、なると……」
「ここでの情報収集は適当なところで切り上げて、次の目的地に行くしかあるまい」
「モローの双子のダンジョンか……あまり気が進まねぇんだが……」
「ぼやくな。今のまま国へ戻ったら、任務不達成で処罰の対象になるぞ」
「だよなぁ……」
斯くして、不幸な密偵たちが演じる悲喜劇は、次の幕へと移る事になったのである。




