第百七十二章 密偵受難曲~導入部~ 1.ダンジョンモンスターたちの悩み
モローの「双子のダンジョン」に配備されたモンスターたちは悩んでいた。ここには自分たちの居場所は無いのではないかと。
『……配置転換の要望だと?』
『はい。一向に侵入者がやって来ない上に、数少ない侵入者も一階層の罠だけで始末できますから……』
『二階層以下のダンジョンモンスターたちの出番がまるで無く……』
『あぁ……ダンジョンモンスターとしてのアイデンティティーを問われている気になる訳か……』
・・・・・・・・
双子のダンジョンこと「還らずの迷宮」と「流砂の迷宮」に、冒険者がやって来ないのには理由がある。冒険者ギルドから非推奨指定を受けているという以外にも……
・とにかく危険である。
・何が得られるのか不明である。
・それ以外の情報も全く無い。どんな準備が必要かも判らない。
・ゆえに、コストパフォーマンスが悪すぎる。
――という具合に、冒険者視点から見てあまりにも旨味に欠けるという事情があった。更にモローの側としても、シャルドへの交通路として賑わっている現状に鑑みて、双子のダンジョンの危険性を声高に指摘されるような事態は好ましくない。ゆえに――そういう資格は全く無いにも拘わらず――ダンジョンへの入口を封鎖して立ち入りを禁じるという挙に出ていた。これに不満の声が上がらなかったのは、冒険者サイドも双子のダンジョンの危険性を承知していたからである。
実は、最初の頃は冒険者ギルドの側も、何とかして双子のダンジョンの危険度を評価しようと躍起になっていた。攻略については最初から諦めていたが、あまりにも異質なダンジョンが二つも並んで出現した事で、少しでも情報を得るべきと考えていたのである。ダンジョンのあるモローはバレン男爵領冒険者ギルドが管掌していた――最近になってモローにもギルドの出張所ができた――が、一地方ギルドの手には余ると判断されて、イラストリア王国の冒険者ギルド本部が調査に乗り出す計画があったのである。これにはダンジョンの情報を知りたい魔術師たちも協力し、ともにダンジョンの調査に乗りだそうという事になった。
ところが……調査のために「還らずの迷宮」の入口に踏み込もうとした上級魔術師が、泡を吹いて卒倒するという騒ぎが持ち上がったのである。
これにはダンジョンコアであるロムルスも驚いて、急遽クロウに報告を入れた。飛んで来たクロウ自身の調査と、ダンジョン外に派遣したケイブバットとケイブラットらの盗み聞きの結果判明したのは、クロウ傘下のダンジョンの魔力が異様なまでに膨れあがっているという事実であった。
クロウが毎日当たり前のように出勤してくるため誰一人気付かなかったのだが……実はクロウの「異界渡り」の度に生じる歪みは、莫大な魔力としてクロウに蓄積されていた。そこまではまぁ良かったのだが、個人が安全に扱える量――註.クロウ基準――を超えた分は、ダンジョンマスターたるクロウの指揮下にある各ダンジョンに、自動的に分配される仕様になっていた。その結果、クロウ傘下のダンジョンは、放って置いても魔力が増加し成長するようになっていたのである。ダンジョンコアたちもその事は承知していたが、なまじクロウの眷属となっていたばかりに、供給されている魔力がどれだけ異常に大きいのかという点は綺麗さっぱり盲点となっていたのであった。
〝……魔法職が進入できないダンジョンというのは……〟
〝ダンジョンとして……少し問題な気がします……〟
というロムルスとレムスの意見もあって、鬼火の雇用を拡大する事で漏出する魔力を抑える事だけは成功した。しかし事態は既に手遅れとなっており、モローの双子のダンジョンは「要注意」から「非推奨」にめでたくランクアップしたのであった。そして……このせいで割を食ったのがダンジョンモンスターたちであったのだ。
・・・・・・・・
『最初の頃は、監視の目を潜って潜り込もうとする者もいたのですが……』
『鬼火たちの魅了で奥へと誘い込んで狩っていたところ……』
『――ついに誰も来なくなった、と』
『『はい』』
ごくごく偶にやって来ていた冒険者たちも、全員が一階層で片付けられてしまった結果、二階層以下に配備されたモンスターたちには出番が回ってこず、うち揃って髀肉の嘆を託つ事になったのである。
『幸か不幸か、ダンジョンモンスターたちも』
『クロウ様の魔力で強化されていますから……』
『そこらのチンピラ冒険者程度じゃ、腹ごなしにもならんわけか……』
今後新しく造る予定のダンジョンに配置換えという選択肢は確かにあるのだが、モンスターたちがそこまで強化されているとなると……
『……下手をすると……いや、下手をしなくても高い確率で、同じように進入禁止指定を受ける事になるな……』
『『はぁ……』』
これが、双子のダンジョンを始めとするクロウのダンジョンが抱える問題点の一つであった。




