第百七十一章 間(あわい)の幻郷 1.招かれざる、しかして歓迎すべき客
怒濤の五月祭を終えて数日後、クロウの許にその報告が入った。
『アバンの廃村を訪れた者がいる?』
情報をもたらしたのは、地下のダンジョンから隠しゲートを通って哨戒に出ていたケイブバットであった。現状ではまだダンジョンコアは育ちきっていないため、「間の幻郷」にはアンデッドの一部が交代で詰めている。どうも、〝同じダンジョンのダンジョンモンスター〟という扱いらしく、アンデッドとダンジョンモンスターたちは互いに意思の疎通が可能になっていた。
『テオドラムのウォルトラムからヴォルダバンへ向かう行商人のようです。空荷のようですから、ウォルトラムで何かを商っての帰りではないかと』
『ふむ……』
どうやらアバンの廃村で一泊するつもりのようだが……
『一人旅の商人か……腕に覚えがあるのか?』
ただでさえ戦闘的なダンジョンではないというのに、肝心のダンジョン部分がまだ未完成の状態で、戦闘能力の高い武装商人を引き込むのは問題か……
――と、考え込んでいたクロウであったが、
『あ、いえ、ご主人様。どっちかってぇと、ありゃ、逃げる事に特化した商人じゃねぇかと……腕が立たねぇって訳じゃなさそうですが』
その懸念を打ち消す台詞がバートの口から飛び出した。
『うん? どういう事だ』
『へぇ。ちっぽけな荷車を牽いちゃあいますが、ありゃ多分一手間で馬から切り離せるんじゃねぇかと。御者台じゃなく、馬に鞍を着けて乗ってますし』
バートの見立てでは、何かあったら荷車を切り離して一目散に逃げる構えだろうという。それなりの体力を持った馬が必要になるが、一人旅の商人には時々見られるタイプらしい。
『ふむ……それならダンジョンの作動試験に使えそうだな』
どうせ今回の作動試験は、転移トラップが上手く作動するかと、霧を中心とした迷わせ・引き寄せのギミックが期待どおりの効果を出すかを確認するだけだ。手間賃代わりのドロップ品をちゃんと見つけて持ち帰ってくれるか――というのも確認しておきたい。
『家の方はまだ全部出来上がっちゃいねぇんですけど……大丈夫ですかい?』
エメンが気にしているのは、このダンジョン「間の幻郷」を構成する廃屋群の事である。
ダンジョンの中に多数の廃屋を一々造り上げる面倒を嫌ったクロウは、地上にあるアバンの廃村をそのまま複製し、その複製した区画をダンジョン内に並べて再現するという簡便法を採用していた。家の向きを変える程度の事はしているが、少し注意して見れば不自然さに気付かれるのは請け合いである。それを誤魔化すために、エメンが個々の建物を修正しているのだが、その作業がまだ完了していないのである。
『なに、ある程度は霧で誤魔化せるだろうし、肝の太い商人でもなければ、地下の街を隅々まで見て廻ろうなんて気は起こさんだろう』
というクロウの楽観の下、ダンジョンの作動試験――これも大概なワードである――が実施される運びとなった。




