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第百六十九章 五月祭(中日) 4.エルギン(その2)

 その日、エッジ村の村長は人生最大の試練に直面していた。



「貴方がエッジ村の差配をなさっておいでですの? お会いできて本当に好かった事。あの素晴らしいエッジ染めに、(わたし)たち、もう夢中ですのよ」

「は、はぁ……いえ……わっしはそのぅ……ただの村長(むらおさ)でがして……代官さぁは別においでで……」

「まぁ、それではやはり貴方が、(わたし)たちの求める方でいらっしゃるのね。是非とも聞いて戴きたいお願いがありますの」



 明らかに身分の高い、恐らくは貴族の女性から熱烈に親しげに話しかけられるなど、村長としては心底御免を(こうむ)りたい事態である。しかも、親しげに話しかけながらその眼の奥には、絶対に獲物を逃がさないという、そして何が何でもこちらの要求を呑ませようという決意が(ほの)()える。



「あ……あのぉ……」

「あらあら、申し遅れました。(わたし)はエグムンド男爵夫人、エルギン男爵オットー・ホルベックの妹ですわ。こちらが夫のエグムンド男爵と娘です。今後とも宜しくお付き合い下さいませね」



 ――こういう状態を俗に、〝蛇に睨まれた蛙〟と表現する。



「は……はぁ……こらぁ、どうも……ご丁寧に……」

「ついでですからご紹介させて戴きますわね。ホルベック卿夫人は既にご存じですわよね? あちらはホルベック卿夫人の弟御でいらっしゃいますオーレンス子爵と、その奥方にお嬢様でいらっしゃいます。皆様方、こちらがあの(・・)エッジ村の村長様でいらっしゃいますわ」

「お目にかかれて光栄ですわ。オーレンスの家内でございます」



 にこやかに挨拶してくるオーレンス子爵夫人もまた、その眼の奥に獰猛な欲求を(たぎ)らせている。衆人環視の中で貴族に挨拶するという苦行――これが名誉なんかであるものか――を強いられた村長は緊張し、恐縮し……そして、奥方(もうじゅう)たちの視線に(おび)えた。思わず殿方たちの方に目を向けると、三人の貴族家当主――ホルベック男爵・エグムンド男爵・オーレンス子爵――の視線は同じ内容を物語っていた。


 ――すまん、(こら)えてくれ――


 村長は、自分一人でこの試練に立ち向かわねばならぬ事を知った。



 気の毒な村長を襲っているこの災難が如何(いか)にして生じたかというと……全てはあの「献上品」が元凶であった。


 親戚の(よしみ)で古酒を融通してもらえないかと、エグムンド男爵とオーレンス子爵が夫人同伴でホルベック卿の(もと)を訪れた時、ホルベック卿夫人が披露した(ゆう)(ぜん)(ぞめ)(もど)きのスカーフに、奥方と令嬢たちの眼は釘付けとなった。前代未聞と言ってよいほど斬新で、しかも洗練されたデザイン。そのデザインを引き立てる美しい色合い。スカーフとして身に着けた場合の事を考えた絵柄の配置……。王都の一流店でも手に入るかどうかという逸品であった。

 既にホルベック卿夫人は、このスカーフに似合うドレスを発注済みだという。また、ホルベック卿からハンカチを強請(ゆす)った……ではなくて強請(ねだ)った令嬢も、それをネッカチーフにした場合に映えるドレスを同じく発注済みだとか。

 どこで入手したのかと詰め寄る女性陣にホルベック卿夫人が微笑んで言うには、あの(・・)エッジ村からの献上品だとの事。しかも! エッジ村は来たる五月祭に! エルギンで店を開くというではないか!


 千載一遇のこの好機を逃す訳にはいかないという女性陣の主張(めいれい)(もと)、三人の貴族家当主――ホルベック卿は他の二人に哀願されて巻き込まれた――は、そろそろ暑くなるこの時期に、露店の行列に自ら並ぶという画期的な体験をさせられる羽目になったのであった。


 ちなみに、ホルベック家三男坊のルパがエッジ村に何らかの伝手(つて)を持っているらしいと察した女性陣が仲介を要請したが、クロウに迷惑をかけるのを懸念したルパが〝我が剣に賭けても〟と拒否した結果、女性陣は搦め手からのコンタクトを断念した。子供の頃から何かと言い(くる)めてきたこの三男坊であったが、一旦(へそ)を曲げると父親以上の頑固者である事を知っていたのである。



 そんな状況の中、女性陣が村長に向けてにこやかに依頼したのは……

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