第百六十九章 五月祭(中日) 2.リーロット(その2)
「で……肝心の魔道具だが……?」
「その眼鏡で確認はできたのか?」
ラージンがかけていた眼鏡は実は魔道具で、魔力の流れを見る事ができた。それを通して綿菓子機を見る事で、魔道具の機能や……あわよくば構造を推し量る事ができるのではないか?
そういった目論見であったのだが……
「魔道具が使われているのは確認できた。ただ……少なくとも三種類の魔法が関与している」
「三種類!?」
「あの『ワタガシ』はそれほどの……」
彼らの驚きも故無きものではなかった。通常魔道具というものは単機能のものが多い。複数の魔法を併用する魔道具も無い訳ではないが、それは少数派に属する。なのに、たかが子供相手の菓子を作るのに、贅沢にも三種類の魔法が付与された魔道具を使っているというのだ。
「あぁ……私も驚いたが……まず、魔道具の内側には回転する部品があり、そこからあの『ワタガシ』が湧いていた。この部品には、回転の魔法と弱い加熱の魔法が使われているようだった」
「……待ってくれ。回転はともかく、使われているのは加熱の魔法なのか? ……錬金術や闇魔法ではなく?」
「単なる加熱だ。何度も確かめたから間違い無い」
商人たちは困惑した。あの綿菓子を作るのに使われている魔法が、加熱の魔法だけだとは……。もっと複雑精緻な魔法が使われているものと思い込んでいたのだ。
「……回転の魔法も使われているようだが……」
「いや、それは原料を掻き混ぜるためではないのか?」
実は、回転すなわち遠心分離こそが肝なのだが。
「待て……ラージン、魔法は三種類だと言ったな? もう一つは何なのだ?」
「風魔法だ。魔道具の周囲に弱い風の壁を張っていた。……恐らくだが、突風などでワタガシを吹き飛ばされないようにだろう」
「あぁ……成る程……」
「そうすると、やはり菓子作りに使われているのは、加熱と回転の魔法だけか?」
「それだけで、そうやったらあのワタガシが作れるのだ?」
「原料……そうだ、原料は何なのだ?」
問い詰められたラージンともう一人は、途方に暮れたように肩を竦める。
「……判らん。原料を入れていたところは確認できなかった。ただ……後ろの方に置いてあったのは一つだけだ。……見たところでは、白く透き通った結晶が袋に一杯……白砂糖の色に似ていなくもないが、大きさは小指の先ほどもある。……水晶か魔石のようにも思えたが……」
「袋一杯の魔石だと!?」
「いや……さすがにそれは無いと思うのだが……」
白双糖など見た事のある者がイスラファンにいなかった事もあって、原材料の正体を量りかねる商人たち。
「……少なくとも……三種類の魔法が使われているとなると……似たものを作り出すのは簡単ではないな」
「うむ……試作を重ねる必要も考えたら……残念だが手間と収益が釣り合うまい」
現代日本でなら市販のハンドミキサーと空き缶で割と簡単に作れるが、それは部品となるものが大量生産されているからこそである。部品の一つ一つを手作りするとなると、どれだけの費用がかかるのか。加えて、遠心分離の過程を含むため、回転する部品の形状や重量はバランスが取れている事が要求される。クロウはしっかりしたイメージを持っている上、ダンジョンマジックと錬金術を駆使する事でサクサクと作っていたが、こちらの世界の技術水準では苦労するのが目に見えている。
「……これは……自力で開発するよりも……」
「うむ……ノンヒュームたちの協力を仰いだ方が好さそうだな……」
クロウが深い考えも無く提供した綿菓子機は、思いがけぬところでノンヒュームたちの伝手を広げようとしていた。




