第十九章 王都イラストリア 1.宰相執務室
王国側の話です。例の子供の一件が後を引いています。
「わざわざ呼び立てて済まぬな、ホルベック卿」
「お気遣い無く。王国のために尽くすのが貴族の務めであります故」
「ふむ、そう言うてもらえると助かる。このたび卿を呼んだのは他でもない。隣国マナステラの情勢について知りたいと思うたからでな」
「マナステラ…ですか」
「うむ。仄聞するところでは卿は若い頃彼の国に留学した事があり、今でも知人が多いとか。ならばマナステラの事は卿に聞くのが一番早いと思うてな」
「さて……具体的にはどのような事を?」
「ふむ。先頃マナステラ王家では王位の交代があった由。その際にクリーヴァー公爵家が空しい事になったとか。宰相としては仔細を知りたいと思うてな。……済まぬな、卿と彼の公爵家の友誼は聞き及んでおる。傷口を抉るような真似はしとうないが、これも貴族の務めと思うて答えてくれ」
宰相は抜け目なく、ホルベック卿の言葉を引用して問いを発する。
「……現マナステラ王が、積極的にエルフやドワーフと結んで国を発展させようとしておられる事はご存じで?」
「いや……不勉強にして知らぬが……『現王』とわざわざ言うたところをみると、先王は――恐らくはクリーヴァー公爵家も――違ったのだな?」
「クリーヴァー公爵も国の発展を望んではおりましたが、その発展はあくまで自国民の手で成し遂げるべきという意見でありました。エルフやドワーフと結ぶ事による目先の発展に目を眩ませて、自国民の技術の発展を蔑ろにするのは、長い目で見て亡国の策と考えておりました」
「その意見の食い違いが悲劇のもとか……」
「それだけでなく、ヤルタ教めが厚かましくも公爵に擦り寄る様子を示しましてな、そのせいで公爵は亜人排斥派の領袖のように見られて、国内のエルフやドワーフが反公爵家の立場で結束したのですよ。王家としてもこのような不安定な状況を看過するわけにゆかず……やむなく取り潰しに……」
「ふむ。では、現国王は、個人的には公爵家に含むところはないと?」
「寧ろ苦渋の決断であったろうと思います。現国王と公爵はご兄弟のように睦まじくあらせられましたからな」
「ふむ。それで公爵家の者は一族郎党処刑されたわけか」
宰相はさり気なくもっとも聞きたい問いを投げかけるが、ホルベック卿も顔色一つ変えず――いや、痛ましげに目を伏せて――その問いに答えた。
「はい。そのように聞いております」
「つらい話を強いてしもうたな。許してくれ」
「いえ、お役に立てれば幸いにございます」
一礼してホルベック卿が引き下がると、音も無く隣室の扉が開いて、国王が姿を現した。
「して、そなたの見立てはどうじゃ?」
「まず、間違いなくホルベック卿は何か隠しておりますな。声に僅かな緊張がありました」
「彼の者を我が国へ引き入れたのはホルベック卿であると?」
「断定はできかねますが、少なくとも何かに関与しておるのは確実。しかしながら、それを決して認めぬ事もまた確実でありましょうな」
「マナステラ王家と敵対せぬ以上、余としてはクリーヴァー公爵家の遺児に含むところはないんじゃが」
「されど彼の者をこの国に引き入れれば、ホルベック卿も述べておったとおり、エルフなど亜人たちとの間に要らぬ緊張をもたらすは必定。卿もその点で頭が痛い事でございましょう」
「まったく、ヤルタ教さえおらなんだら、少しは話も通じやすかろうにの。国王として何かできる事はないか?」
「陛下が動かれた場合、亜人たちやヤルタ教がどのように動くか読めませぬ。当面は知らぬ顔をしておかれるがよかろうと」
「世間知らずの愚か者の振りをせよと?」
「陛下がこの件をご存じになると、事は陛下の御意志でなされたものと見なされます。陛下はこの件について何もご存じになられませぬよう」
苦い顔をして黙った国王の気を逸らすかのように、宰相が言葉を続ける。
「ウォーレン卿ではございませぬが、一つ気になる事が……」
「何じゃ?」
「奴隷商人の手引きでわが国に入ったのは、彼の者一人でありましょうか?」
もう一話投稿します。今回の話の続きです。




