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第百六十八章 五月祭(初日) 4.エルギン~ザ・デイ・ビフォア~

 エルギン領主オットー・ホルベック卿のお膝元の町エルギン。五月祭の初日を迎えて賑わうこの町であったが、その中にどことなく緊迫した雰囲気が漂っている。

 その雰囲気――獲物を狙う猛禽のような、と表現した獣人がいた――を発しているのは、一見して貴族もしくはその従者と判る()(なり)の良い者たち。……そう、彼らは明日に迫ったエッジ村の特別販売――世間ではそう目されている――を前に、場所取りに余念の無い者たちであった。


 エッジ村の村人たちが軽い気持ちで余剰のスカーフなどを――小遣い稼ぎのつもりで――売りに出したのが切っ掛けとなって、エッジ村とクロウを襲った悲喜劇の波濤については既に述べた。

 そのエッジ村が、五月祭(なか)()の一日だけ、小物類の特別限定販売を行なうというのだ。ファッションに敏感な女性たちが看過する訳が無い。


 ちなみに、たかが僻地の一寒村に過ぎないエッジ村の草木染めが、こうも人々のハートを鷲掴みにしてしまったのには、以前にも述べたが幾つかの理由があった。

 第一に、これは以前にも述べた事だが、エッジ村で作っているものがスカーフなどの小物であったため、晴れ着などに縁の無かった庶民でも手の届くお洒落(しゃれ)として認知されたという事情があった。

 第二に、衣類が決して安くないこの国では、衣類も二代三代という長期間にわたる使用を前提としているため色褪せないよう濃色のものが大半であって、エッジ村の村人たちが愛用しているような淡い色合いの染め物などは滅多に見られない。つまり需要が少なかったために、そういう淡色の染めの技術が広まっていなかったのである。ところがエッジ村の村人は、草木染めという――生産性は悪いが――お手軽な染色技術を覚えた事で、小さな布切れを思い思いの色に染める事を楽しみだした。そして、ただの布切れであった筈のそれらが、クロウの入れ知恵によって華やかに身を飾る装飾品に化けたのである。

 ()くして淡色の布に対する需要が爆発的に伸びたのだが、それに応えるだけの染色技術が広まっていなかった。いや、(そもそも)技術自体が草木染めであるため、染料となる植物の乏しい都市部では試す事すらできなかった。これが第二の理由である。

 第三に、()(ちょう)を捨てたクロウが開き直ったミルドレッド女史に教えた絞り染めや型染めの技術が先進的に過ぎた。何しろ先日領主に献上した代物など色糊を使った友禅染で、しかもこの世界では画期的な絵画風の絵柄である。この世界では同一紋様を反復したような(がら)――水玉模様や縞模様、市松模様のような――が中心であり、去年売りに出したエッジ村のスカーフ類も概ねそれを踏襲していた。(もっと)も、エッジ村の染め物は、それらの小紋を不規則に散らす事でアクセントを付けていたのだが。

 しかし、今年に入ってホルベック卿に献上したのは、領主夫妻の家紋をモチーフにした絵画風の柄である。領主宅を訪れてそれを目にし衝撃を受けた訪問客の口を通じて、この件は地味に広まっており、エッジ村の出店出品に対する期待はいやが上にも高まっていたのであった。


 悪い事に、この時期のエルギンは他の理由でも目立っていた。すなわち、ノンヒューム連絡会議の事務所があるという理由による――限定的ではあるが――砂糖菓子などの販売と、同じく連絡会議から領主ホルベック卿に提供されたという古酒である。

 これらの「特産品」に加えて、今年はエッジ村風(エッジアン)ファッションの総元締めたるエッジ村が直々に売り出すという草木染めである。貴族たちが食い付かない訳が無かった。万が一にも買いそびれる事の無いようにと、五月祭開幕のずーっと前からエルギンに詰めかけた貴族たち。その動きは、この方面に鈍いノンヒュームたちにも異様に思えたのであった。



・・・・・・・・



〝……貴族らしい連中がエルギンに詰めかけてる? 古酒狙いじゃないのか?〟



 五月祭開幕のずっと以前にホルンから連絡を受けたクロウは、最初は古酒狙いの連中の動きが再度活溌化したのだろうと思っていた。しかし、ホルンの見解はそれとは違うというもので……



〝顔ぶれが前回とは違うのです。今回は単なる従者ではなく貴族本人が、それも細君や令嬢といった女性陣が主導しているようで〟

〝何だと……?〟

〝しかも、事務局の方への圧力はほとんどありません〟



 宜しくない兆候であった。

 ホルンの説明を聞くほどに、その貴族たちの目的が丸玉もしくは染め物である可能性は高いと思われる。ちなみに、シルヴァの森のエルフたち――主に女性――の意見も〝丸玉か染め物狙いに決まってる〟というものであったらしい。

 もしもこれが本当であったなら、ラインナップも少し変更した方が良いかもしれぬ。……いや、その前に村長とも相談せねばならない。あとは……



〝ホルン、取り越し苦労かもしれないが、エッジ村の小さな出店に客が殺到する可能性がある〟

〝……可能性では済まないと思いますが……〟

〝……それに備えて、人員整理の経験のある者を何名か集められるか? 場合によっては冒険者ギルドに応援を要請してくれ。費用は俺が持つ〟

〝五月祭の警備や混雑整理は、実行委員会の責任で行なわれていますから、別途費用を出す必要は無いかと。とりあえず、混雑の可能性がある事を報せておきます〟

〝頼む。こっちは別の伝手(つて)で動いてみる〟



・・・・・・・・



 こういう遣り取りの(もと)に、(しか)るべき対策を講じられたエルギンの五月祭。運命の日は明日に迫っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] エッジアンwww やっぱり奥様方を落とした影響はでかい
[良い点] 追い付いた!楽しく読ませてもらってます!!
[一言] どんな顛末になるのかほんとに気になります!
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