第百六十七章 困った客 5.エルギン
(はてさて、これはどうしたものか……)
密かに頭を抱えているのは、マナステラからの五月祭視察団のうち、エルギンでの視察を担当したチームのリーダーである。
エルギンの町へ到着後、パートリッジ卿に無理を言って強請った紹介状にものを言わせて、領主ホルベック卿との会見に取り付けた。そこまでは好かった。
……好くなかったのはそこから先である。
領主であるホルベック卿に取り次いでもらえば、連絡会議とやらには簡単に渡りが付くだろうと思って、その旨を卿に依頼したのだが……
「いや、その儀なれば既に打診したのですがな……」
そこまで言って言葉を濁すホルベック卿の様子を見れば、その結果が芳しからぬ事を予想するのは難しくない。
「……返答は、芳しからぬ……と?」
恐る恐るという感じで訊いたリーダーに、残念そうな表情で頷くホルベック卿。
「お国からの問い合わせがあったと聞いて、念のためにと思って先方に声をかけてみたのですがな、会議としては五月祭の準備を指揮監督するのに忙しく、今の時期は時間が取れぬと。五月祭が終わったら終わったで、後始末や取り纏めに忙殺される事になるので、少なくとも一~二ヵ月は無理との事でしたな」
――という返答を聞かされて、自分たちの認識の甘さを呪う事になった。
連絡会議が各地の五月祭の実行を監督しているのなら、五月に面会を申し込んでも、多忙を理由に断られるのが当然……という当たり前の事に、誰一人として気付かなかったのは如何なものか。他人の事を言えた義理ではないが、我が国の上層部は想像力というものを欠いているのではないかと不安になる。
「……念のために申し上げるが、会議と連絡が付かなかったからと言って、一般のノンヒュームたちに粘着するような真似はなさらぬように。彼らの信頼を大きく損ねる事になりますぞ」
先回りする形で太い釘を刺されたが、聞けばその〝信頼を大きく損ねる〟真似を、この国の貴族たちがやらかしたらしい。王家絶賛の古酒を手に入れようとして、貴族が派遣した者の一部がそのような暴挙をしでかして、以来ノンヒュームたちの対応が塩対応――岩塩レベル――になったのだという。
基本的な礼儀も弁えぬ成り上がり者どもが――と、いきり立ちそうになったリーダーであったが、自分たちとて同じような事を考えていたのだから、所詮は〝一つ穴の狢〟である。それに気付いて密かに恥じ入るリーダーであったが、幸いにホルベック卿は気付かなかった――か、そのふりをしてくれた――ようだ。
(はてさて、これからどうしたものかな……)
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(はてさて、これはどうしたものか……)
悩ましげな表情を隠そうともしないエルギン視察チームのリーダー。それを眺めていたホルベック卿は、内心で困り果てていた。
この連中がノンヒュームの連絡会議にご執心なのは判っていた。なのでさっさと始末を付けてやろうと早手回しに連絡会議に打診しておいたのだが……五月祭の準備を口実にやんわりと断られた。まぁ、予想できない事ではなかったが。
問題は……この視察チームとやらが諦めの悪かった場合だ。
長々とエルギンに居座られては、マールの帰還にも差し障る。あの子をこの連中の目に曝すわけにはいかぬからな。とは言え、あまり長く留守にはできぬ。教会にはあの子の事情をごく簡単に説明してはいるが、一般の住民はそうでないからな。長く留守にさせると不審に思われるやもしれぬ。
さっさと片を付けて立ち去ってもらいたいところだが……どうしたものか。




