第百六十七章 困った客 1.バンクス(その1)
「ようこそおいで下された。長旅でお疲れでしたろう」
(意訳:さっさと自室に引っ込んでろ。お前らの顔なぞ見たくもない)
「いやいや、これも祖国のためと思えば、疲れなどは気になりません」
(意訳:惚けようとしても無駄だ。知ってる事を洗い浚い吐け)
にこやかな顔でパートリッジ卿と挨拶を交わしているのはマナステラからの特使、要するに五月祭視察団のトップである。
クリーヴァー公爵家の一件で母国の馬鹿官僚を見限ったパートリッジ卿としては、本音を言えばこんな客など迎えたくはない。しかし、家督を譲った息子がマナステラにいる以上、そうそう辛辣な対応もできない。なので内心の不愉快さを隠して視察団に応対しているのである。
マナステラ側としてもそれくらいは解っている。なので、今回の特使の人選には気を遣ったのだ。具体的には、パートリッジ卿の旧知の者をバンクスチームに配属したのである。
彼ら視察団の一行は一両日パートリッジ卿の屋敷で疲れを癒し、その後は各々指示された町へ移動して五月祭の視察に当たる。具体的な目的地は、ここバンクスの他に、サウランド・エルギン・王都イラストリアである。特使は明日にでも王都へ向けて出立する予定だ。それまでは我慢して相手をするしか無いだろう。
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「マナステラからの視察団か……」
クロウが魔導通信機で話している相手はホルンであった。会話のお題は、マナステラからの五月祭視察団の到着である。
既にクロウはルパからの手紙で知っていたし、ノンヒュームたちもマナダミアの砂糖菓子店経由で同じ情報を手にしている。ゆえに今更驚く事は無いのだが……
「……馬車を連ねてやって来たようですが、その数が思っていたのより多いので」
ホルンたちも少し驚いて連絡してきたらしい。
「……いや……多分だが一旦バンクスで休んだ後、分かれてそれぞれの目的地に移動するんじゃないか? バンクスにはマナステラの貴族がいるからな」
パートリッジ卿は既に隠居の身だと言ってはいたが、お誂え向きの場所にお誂え向きの人物がいるのだ。マナステラの連中が押しかけているのは確実だろう。
クロウはパートリッジ卿の災難を思うと、心中密かに手を合わせた。
「あぁ……そういう事でしたか……」
「あくまで俺の推測だがな。それはそうと、この情報はどこから上がって来たんだ?」
バンクスにはクロウも毎冬お邪魔している。あそこに常駐しているノンヒュームはいない筈だが?
「五月祭の宿を確保するため、早めにバンクス入りしていたドワーフからの報告です。余程にビールを飲みたかったようですね」
「……待て、今年からはマナステラでもビールを供給する予定だろう。事前にその事は告知したんじゃなかったのか?」
「マナステラでビールが提供されるのは、王都マナダミアの一箇所だけ。対してイラストリアでは、バンクス・サウランド・リーロットの三箇所。今年からはエルギンでも小規模な出店が設えられると噂になっていますから……」
「あぁ……万一宿が取れなかった場合でも、他の場所が狙えるって訳か……」
「そのようです」
ドワーフたちの涙ぐましい努力を知って、感に堪えないクロウであった。




