第百六十六章 留守番の幽霊 4.オドラント
アムドールへの短期教育が終わったところで彼をヴィンシュタットに派遣し、しばしカイトたちと一緒に暮らして、ご近所への顔見せを図ろう……という段になって、思ってもいなかった問題が浮上した。
どうやってアムドールをヴィンシュタットに来させるか?
ダンジョンゲートを通って……というのは不自然に過ぎると棄却された。いつ来たのか、どうやって来たのかが不明というのは、ご近所の手前も問題ではないかとの異議が眷属たちより呈されたのである。
『――って、言われてみればそうなんだが……』
そんなところまで気が廻らなかったクロウは渋い顔である。
『少なくとも、屋敷を訪れたという事をご近所に知らしめる必要がある訳か……』
『あの……ご主人様。僭越ではございますが、仮にも貴族階級の者が他の貴族の屋敷を訪れるとなると、相応の格式というものが必要になって参りますが……』
怖ず怖ずといった感じで発言したのはマリアである。元とは言え准男爵の令嬢であっただけに、その指摘には重みがあった。
『成る程……言われてみれば、独りで歩いて訪問――って訳にはいかんか』
『はい。最低でも供回り数名を連れ、然るべき荷物も持ち込んで、然るべき格式の馬車に乗って訪問という形になろうかと』
む~んと一同考え込んだところで、ふと顔を上げて意見を表したのはバートであった。
『だがよマリア、カイトはアレって事になってんだろ? 体裁を気にする貴族なら、人目を憚るって事は無ぇか?』
『……おぃバート……俺がアレってのはどういう意味だよ?』
『あぁ……確かにカイトはアレという設定になっていたな』
『アレだとすると……確かに人目を憚るという事はありそうね』
『お前ら……』
カイトをヴィンシュタットに派遣するに当たっては、少しばかり問題のある某貴族家の子弟という事にしてある。その行状なり病状なりが改善したため療養目的で外遊させるという筋立てであれば、成る程、不必要に目立つのを避けたいというのは納得できる話である。
『だったら……鳴り物入りで乗り付ける事は無いにしても……やはり供回りと馬車は必要ですね』
『供回りはニールたち辺りに任せるとして、馬車ならオドラントに回収してあると言ってなかったか?』
気楽な調子でペーターに話を振ったクロウであったが、案に相違して難しい顔付きで否定的な答を返された。
『我々が率いて来たのは、あくまで物資を載せるための荷馬車ですからね。貴族が乗用に使うような箱馬車ではありません』
『――って、馬車は馬車なんだろ? 少し改造すれば何とかならんのか?』
このクロウの意見に対しては、居並ぶ一同からの――残念な者をみるような――視線という形で、答が返された。どう取り繕ったところで、見る者が見れば元が荷馬車という事は簡単に判るし、そうなるとどこの残念貴族だろうという話、あるいはニセ貴族なんじゃないかという話になって、周囲の耳目を集めるのは必定だというのである。
然りとて貴族向けの馬車など、どこの誰とも知れぬ者が急いで誂えようとすれば、やはり人目を引くのは避けられない。
いい加減面倒になったクロウが採った答は――
『……作っちゃったの?』
『折角ダンジョンマジックという便利なものがあるんだから、使わない手は無いだろうが』
『……待て……ダンジョンマジックと言うたか? すると……よもやこれは……』
『ダンジョンだな、勿論』
『『『『『――はぁっっっ!?!』』』』』
シャノアと爺さまの問いに答えるようにクロウが明かした「馬車」の正体に、驚きを隠せない配下のアンデッドたち。
一方でフェイカーモンスターやダンジョンコアたちは、さすがはクロウであると感心する事頻りであった。況してクロウの説明を聞いた後では。
『そう捨てたものじゃないぞ? 一応はダンジョンだから簡単には壊されんし、いざとなればダンジョンゲートも開ける。乗員の安全を守るためには持って来いだろうが』
『……まぁ……』
『そう言われると……』
『万一の場合はダンジョンを廃棄してゲートから脱出する事も念頭に入れて、一動作でダンジョン化を解除できるようにしてある。そうすれば単なる土塊に戻るだけだから、土魔法で造ったものだと思わせられるだろう』
自信たっぷりに言われてみると、成る程、突飛は突飛だが、もの自体はそう悪いものではないように思える。
『これで馬もダンジョンモンスターなら完璧だったんだがな。ダンジョンからの魔力で強化する事もできたろうし』
生憎、馬車型ダンジョンを牽くのは普通の馬である。
『ま、ダンジョンではないと誤解させるには丁度好いだろ』
『……悦に入っておるところ悪いんじゃが……馬車の中にいた筈の客や御者が消えておる点は、どう説明するつもりじゃ?』
『ん? そんなのは転移魔法だとか何だとか、説明できるだろ?』
『……転移陣など、王家の者でもなければ所持しておらぬわい……』
『そうすると……王家縁の……何者かが……正体を隠して……活動していたと……いう事に……』
『あれっ!? と言う事はマスター、アムドールさんって、王族だったんですか?』
『……そうすると……アムドールさんの親戚という設定のカイトさんも王族なんですか? 主様』
『俺が王族!?』
『どんな天変地異だよ、そりゃ……』
『……却って面倒が増えそうよね……』
ちなみにこのダンジョン馬車、ダンジョン壁の特性として振動のエネルギーを吸収するため、サスペンション無しで抜群の乗り心地を実現し、配下たちから絶賛を浴びる事になるのは、もう少し先の事である。




