第百六十六章 留守番の幽霊 1.オドラント
廃村アバンの地下に造るダンジョンについては、そのコンセプトこそ決まったものの、具体的な設計はまだ着手したばかりであった。それというのもこのダンジョン、クロウたちが今まで手がけたダンジョンとは一味違う、惑わしと誑かし方向の能力を伸ばしたダンジョンとなる予定であったためである。クロウの設計コンセプトによれば、地下に立ち並ぶ廃屋の外観や内部構造は、惑わしのために大きな意味を持つ事になる。そして、こういう方面に適した人材は一人しかいない。大仕事を任されて、苦楽を綯い交ぜといった体で呻吟しているエメンに設計を丸投げすると、クロウはその間に別の案件を片付ける事にした。ヴィンシュタットの屋敷の留守番問題である。
以前にも述べたとおり、カイトたちが屋敷の外で活動するのなら、屋敷を守る留守番が必要になる。できれば今後もヴィンシュタットは、カイトたちの拠点として利用したい。そうすると、屋敷の主人が替わったと認識されては面倒である。貴族が屋敷の留守を託すとなると、それはどういう人物か。
元・准男爵家令嬢のマリアによれば、第一に考えられるのは家令のような使用人であろうとの事であった。しかし、そんな高度の使用人教育を受けた人材――のアンデッド――など、調達するのは難しそうだ。
第二の可能性としては、主人であるカイトの親戚もしくは親しい友人が挙げられるという。カイトは貴族の関係者という触れ込みなので、用意すべき人材も必然的に貴族となる。ペーターが断固として砂糖工場から動かない以上、どこからか貴族のアンデッドを調達する必要があるのだが……
『候補の最右翼は、スキットルが話していたという監獄跡か……』
確かフォルカとか……何とか城館とも言ってたな。……ペーター?
『トーレンハイメル城館です。事実上の処刑場で、絞首刑も行なわれていた筈です。まだテオドラムという国の体制が整う前に叛乱を起こした者や、クーデターを企てた者、大勢の貴族を暗殺した者などに混じって、交戦国の捕虜なども幽閉されていたとか聞きました』
『そう言う場所なら打って付けだが……問題は、古過ぎる事か……』
『怨霊はともかく、アンデッドとして蘇らせ得る屍体があるかどうかは、甚だ疑問ですね』
『ま、怨霊でも残っていれば御の字だ。最悪、こっちで準備した素体に取り憑かせる手もあるからな』
ネスのやつを呼び出した時に使った手だ。用意する骨をきちんと確かめておけば、ネスの時のようなアクシデントは起きない筈。……だから……そんな疑わしげな目で見るんじゃない。
『他に代案があるんなら聞くが……?』
眷属たちを見回すクロウであったが、そうそう都合好く代案名案が出てくる訳も無い。このまま話が進んでいくかと思われた時――
『あの……』
意外にも手を挙げたのはエメンであった。
『エメン? 何か代案があるのか?』
『代案ってぇほどじゃござんせんが……あっしの知人にペテン師やってる野郎がいたんですがね』
『ほほぅ?』
面白そうな、そして聞き捨てにできなさそうな話にクロウが向き直る。
『あっしより先にくたばっちまった筈ですが、ただ……その墓がどこにあるのかが判らねぇんで……』
『……当面の役に立つかどうかは微妙なところだな。……エメン、そいつの……その、詐欺師としての腕前は充分なのか?』
『へぇ。ボスほどじゃありやせんが、大したもんでした。〝国を相手取るような大ペテンを仕組んでみたい〟って常々言ってやしたしね』
〝クロウほどではない〟の一言が色んな意味で気になるが、贋金でイラストリアを混乱に陥れたエメンが太鼓判を押すほどの人材なら、これは是非とも確保したい。懸案となっている修道会の渉外担当としても活躍してくれそうだ。
……とは言え、現住所が不明となるとすぐに接触を持つのも難しい。在所の割り出しは追々やっておくとして……
『やはり当座はフォルカを訪ねるしかないか……』




