第百六十五章 廃村アバン 6.間(あわい)の幻郷(その2)
『地上の廃村と同じような村だが、放棄された様子が無いにも拘わらず無人というのはどうだ? 例えば、ついさっきまで家人がいたように、まだ暖かい食べかけの食事だけがテーブルに並んでいるとか……』
『うわぁ……』
『それは……中々……』
要はマリー・セレスト号事件の焼き直しなのだが、元ネタを知らなかったらしい眷属たちには好評――註.クロウ視点――であったらしい。調子に乗ったクロウは、
『あるいは、楽しげな様子の子供が走り寄ってくるのが声は聞こえない。そして、触れようとしても触れ得ずに通り抜けてしまうとか、な』
ノリノリで話すクロウ――これでも作家の端くれ――だが、聞いている側の反応は幾つかに分かれた。
怯えたような表情を見せる者、げんなりとした表情を隠さない者、頭痛を堪えるかのように俯く者、ワクワクとした表情を示す者、そして……
『……どうかしたか? エメン。妙に複雑な顔付きだが?』
『へぇ……あっしはその……こういう化け物話は苦手でやして……けど、それはそれとして、ボスが仰るような町を拵えるってのには心惹かれる訳でござんして……』
どうやら内心の葛藤が表情に出ていたらしい。
『しかし……ボスの事ですから、ミドの王都を造れって仰るんじゃねぇかと期待してたんですが……』
さらりと爆弾を放って寄越したエメンに、何人かがギョッとしたような目を向けたが、
『ミドの王都か……それも面白そうだが、造りたいものは他にも色々あるからなぁ……』
これまた平然とそれ以上の爆弾を投げ返すクロウ。
『へぇ……そいつぁ一体……』
『あ、あの……取り敢えず今は廃村の話に集中しては……?』
これ以上話が脱線すると、聞きたくない事を聞かされる羽目になる。そう懸念したマリアが力業で話題を戻そうとした。クロウたちもそれには異存が無いらしく、あっさりと話題は廃村の事に戻った。
『……それで、ボスは村が狭いって仰ってたんじゃありませんでしたかい?』
『あぁ。だから地下のダンジョンの方は、無人の家がずらりと並ぶようなものを考えている。もしくは、家の中に入ってみたら、内部があり得ないほど広いとかな』
『へぇ……そいつぁまた……』
『面白そうな構造ですね』
『市街戦と屋内戦が中心となりますか』
『いや、さっきも言ったが、すぐにダンジョンと判るようなものにはしたくない。モンスターの類は出さんつもりだし、出すとしても幽霊のようなものが垣間見える程度にしたい。何しろ、ここからは財宝を持ち帰ってもらわねばならんからな』
『あぁ……それがありましたか』
成る程と頷くダバルとペーター、ネスたちの間に割り込んだのはキーンである。
『マスター、だったら、このダンジョンのコンセプトは何なんですか?』
『コンセプトときたか……そうだな、不思議空間ってところかな』
『不思議空間……』
『……ですか?』
不得要領な顔の一同に向かって、クロウは故郷日本の伝説を説明してやる――「迷い家」と呼ばれるその話を。
『……山奥を彷徨っている者が、無人の家に辿り着く。そこに辿り着いた者は、何でも一つだけ下界に持ち帰る事ができる――ですか』
『そうだ。「迷い家」自体には危険は無いんだが、今回造るダンジョンでは、少しは危険な目にも遭ってもらわなきゃならんからな。何の気配も無しに、いつの間にか仲間が消えているというのを採用しようと思うんだが』
『うわぁ……』
『具体的にはどうやってですか?』
『感覚を鈍らせる霧と転移トラップの併用でできないかと思っているんだが……』
クロウに視線を向けられたダバルとネスはしばし顔を見合わせていたが……
『……可能だと思います』
『肝は侵入者に何も気取らせないという事ですな?』
『あぁ。ダンジョンなのかどうかさえ判らないようにしておきたい。運が好ければちょっとしたお宝を持ち帰れるようにしてな。その一方で、地上の廃村でも時々幽霊のような人影が見えるようにして、立ち入る者を減らすと同時に……』
『欲に駆られた者だけを引き寄せる、ですか……』
『併せて、人が近付かないという条件を設定する事で、後ろ暗いところのある連中を招き寄せる……』
『……幽霊の出る頻度が問題になりそうですね』
今後の方針が大まかに決まったところで、身近な問題についてスレイが確認する。
『それでご主人様、今いる連中は如何致しますか?』
『シルエットピクシー辺りに見張らせておけ。少なくとも、取引相手というやつが来るまでは手出し無用だ』
『かしこまりました』
『あっ、マスター、このダンジョン、何て名前にするんですか?』
キーンの質問を受けて、クロウはしばし考え込む。
『そうだな……「間の幻郷」とでも名付けるか』




