第百六十五章 廃村アバン 5.間(あわい)の幻郷(その1)
クロウがアンシーンやクリスマスシティーの協力を得て沈没船のサルベージに励んでいた事は前にも述べたが、その際に得られたものは古酒だけではなかった。否、寧ろ古酒以外のものの方が多く得られたと言ってもよい。それは乗客が身に着けていたであろう装身具であり、積荷として運ばれていたであろう高価な陶磁器や美術品であり、何かの代金として準備されたであろう金貨であり……要するに、金銀財宝と一括りにされるようなものがしこたま手に入ったのである。
――問題は、クロウにはこれらを捌く手段が無い事であった。
『目立つのを避けるという大前提がある以上、俺がこれらをどこかに持ち込む訳にはいかん。それでなくても丸玉の件で目立ってるんだからな』
『丸玉だけではないと思うが……それには同感じゃな』
『かと言って、ホルンたちに押し付けても問題は解決せん。どこから入手したのかを明かす訳にはいかんし、押し付けられたホルンたちもそれは同じだ。単に面倒を被る者を増やす事にしかならん』
『それもそのとおりじゃな』
『こういう場合、ダンジョンマスターたる者の常套手段は、ダンジョンの宝箱とかなんだろうが……』
憮然とした表情で口籠もるクロウを見れば、その先は言われずとも察せられる。
『あぁ……ご主人様のダンジョンは……』
『鬼畜揃いっすからねぇ……』
かつてダンジョンの評価試験と称してモローのダンジョンに挑まされたカイトたちは、その時の事を思い返して遠い目をした。……あの時は、アンデッドが死んだらどうなるんだろうかと、真剣に悩んだものだ……。
『鬼畜と言うほどではないと思うが……』
(『いや、充分以上に鬼畜ですって』)
(『結局、あたしたちもクリアはできなかったしね……』)
『……攻略率が悪いのは確かだ』
(『攻略率というよりは……』)
(『帰還率とか生存率とか言うべきよね……』)
『……その点を踏まえると、既存のダンジョンで侵入者たちに還元するのも難しいと考えられる』
『それには完全に同意します』
うんうんと頷いたカイトたちであったが、ここでハンクが問題点となりそうな事に気付く。
『……お待ち下さい。そうすると……アバンのダンジョンで財宝を還元する事をお考えですか?』
『少なくとも財宝の一部をな』
『しかし……そうしますと……』
『――あ』
『廃村がダンジョンだという事を明かさねばならないのでは?』
『あぁ。その背反問題をどうするかというのが、今回の議題という訳だ』
いきなり難問を突き付けられて戸惑う一同。
ダンジョンである事を隠しつつ、ダンジョンとして攻略させると言うのか?
――自己矛盾も甚だしいではないか。
『……ご主人様には何かお考えが?』
〝下手の考え休むに似たり〟
自分たちが何か考えたところで埒が明かないと開き直ったダバルが、クロウに直接疑問をぶつけた。
『腹案のようなものは一応ある。それが実現可能かどうか、お前たちの意見を聞きたい』
そう前置きしてクロウが開陳したのは、地下に廃村を模したダンジョンを造っておき、転移トラップによってそこに引き摺り込むという手法であった。この方法自体は、ダンジョンとしてそう珍しいものではない。現に「迷いの森」がこの方法を洗練した形で採用している。
クロウが今回提案したのは、それを更に一捻りしたもので……
『……不定期に、短時間だけ作動する転移トラップですか……』
『普段はただの廃村で、何かの弾みでダンジョンに繋がると……?』
『そういう事だ。ダンジョンに招待する時には霧か何かを発生させて視界を奪うと同時に、それらしい雰囲気を醸し出すのも好いな』
『その状況で転移トラップ……ダンジョンに迷い込んだ事を悟らせない訳ですか?』
『最初のうちはな。少し探れば地上の廃村と違う事はすぐに判るだろう』
『それは……まぁそうでしょうね』
『……けどご主人様、そんなあばら屋にお宝が転がってるってのも、不自然じゃありませんか?』
『元々ダンジョンなぞ不自然の塊だろうが。しかし……そうだな、不自然ではあっても、ダンジョンという決め手を与えない事はできるか……これは一工夫要りそうだな……』
不吉に考え込んだクロウはやがて顔を上げると――
カイトたちがダンジョンの評価試験をさせられた時の顛末は、書籍版の第二巻に掲載してあります。




