第百六十五章 廃村アバン 3.潜伏者
単に隠れている者がいるというだけなら、そのままダンジョン化して取り込むなり、異空間に取り込んで始末するなりすればいいのだが……
『幽霊の噂を流した張本人だという可能性があるんだよなぁ……』
『そうだとしたら、何か拙いんですか? 主様』
『アンデッドにしてしまえば、事情を訊くなり何なりできるのではございませんか?』
『確かにそれはそうなんだが……人間のままにしておいて、新たな噂を流させるという手もあるからな。アンデッドと違ってアフターケアを考えないですむ分、取り扱いは楽だ』
クロウの脳裏では「アンデッド=従業員」という図式が確固として成立しており、その安全や福利厚生を図る事は既定の路線となっていた。その手間が省けると考えれば、驢馬の引く馬車に乗ったどこぞの老い耄れ――クレヴァスを訪れたコーツという行商人――と同様に、噂の発信源として踊ってもらうのも悪くはない。
『……しかし、それもこれも詳しい事情が判らんではどうにもならんか……』
『あ、じゃあ、あたしが行って様子を見てこようか?』
けろりとした顔でクロウに提案したのは、つい先日クロウと縁を結んだばかりの闇精霊の少女、シャノアであった。
『……お前が?』
『言ったでしょ? 精霊はどこにでもいるし、どこにでも行ける。普通の人間には見えないし、身を隠す術も弁えている。況してあたしは闇精霊よ? 幾ら昼間だって、気の抜けた人間の警戒を欺くぐらい簡単よ』
自信たっぷりに言い切る闇精霊を見て、クロウの方も考え込んだ。今後シャノアを密偵として使うなら、どのみち一度はその手並みを見ておきたい。人気が無い事に油断しきった連中相手なら危険はあるまい。万一シャノアに危険が及ぶようなら、アンシーンで乗り込めばいいだけの話だ。主砲は論外としても四十ミリ機関砲の威嚇射撃なら、シャノアを巻き込む危険はあるまい。
『……気取られない事が何よりだが、決して危険な真似はするなよ? 何かあったら即座に待避しろ。いいな?』
『んもう、ちょっとぐらいあたしを信用しなさいよ』
力量を信じてもらえないシャノアは些か膨れっ面だが、過保護とは言えクロウの言い付けに背くつもりは無いようだ。ふわりと宙に浮かんだかと思うと、そのまま廃屋目がけて飛び去った。
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中々帰って来ないシャノアをジリジリと待つ事四十分近く、能天気に『ただいま!』と帰って来たシャノアから事情を訊いたところ……
『ふむ……やはり幽霊の噂を流したのは、あそこに隠れてる連中か』
『そう。何だってそんな真似をしたのかと思って聞き耳を立てていると……』
シャノアが探り出してきた内容は、クロウたちにとっても興味深いものだった。
『……要するに、食品偽装ってやつか?』
『多分そうだと思う。テオドラムの小麦が売れないから、中身をすり替えるって言ってたから。袋の封印を偽装するんだって』
二年前の毒麦騒ぎの結果、テオドラムの小麦は食品市場から総スカンを食らって姿を消している。そのせいでテオドラムの国庫には売れない小麦がだぶついている訳だが、どうやらどこかの小役人が、この不良在庫の横流しを企んだらしい。そのままでは売れる訳がないから、別の産地の小麦と偽って売ろうとしているようだ。
この世界では真っ当に穀物を扱う商人は少なく、また、そうした穀物はそれなりのお値段がする。対して露店で安く売っているような代物は、何が混ぜてあるか判らない。それでも少し前までは、多少砂が混じっている程度の可愛いもの――註.現地人基準――だったが、テオドラムの毒麦の事が知れ渡って以来、何が混じってるか判らない安物の小麦は敬遠される事が多くなった。無理もない。砂粒くらいならともかく、命に関わる毒麦なんかを混ぜられた日には堪ったものじゃない。当然、それらを扱っていた連中は商売上がったりな訳であった。
そこでこの連中が考えたのが、正規品として売られている小麦の中身をすり替えようと言う偽装犯罪。正規品は検品の後で袋の口を縛り、そこを粘土で封印してある。袋を開けると粘土の封印は崩れるし、袋に破れや解れ、繕いの後があれば、正規品とは見なされない。
そこで、すり替えの後に偽の封印を付け直して、それを売り捌いて設けようと言うのが連中の企みであった。
『ふむ……で、連中はあの廃屋で封印の偽装に取り組んでる訳だな?』
『うん、そう。今月中に取引相手がやって来るから、それまでに間に合わせるって焦ってたわ』
――どうしたもんかね、これは。




