第百六十四章 贋金貨の混迷 8.ヴィンシュタット
「贋金作りの犯人が捕まった!?」
「はい、みんながそんな事を話していました」
シュクが聞き込んできた噂話は、ハンク以下のヴィンシュタット駐在組を困惑させた。あの贋金騒ぎの黒幕は、彼らの主たるクロウである。しかしそのクロウとは昨夜も話したばかり。官憲の手が迫っているような気配は無かったが。いや、それよりも……
「ねぇシュク、その犯人って、誰だか聞いてきた?」
「お金を造っているところのお役人だそうです。ゲル何とかっていう」
……これは詳しく調べてみる必要がありそうだ。
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「よし、全員揃ったな? それでは報告してくれ。バートからだ」
司会役のハンクに指名されたバートが、報告会の口火を切った。
「あぁ。とっ捕まったなぁゲルトハイム鋳造所の責任者だ。今度の件じゃ管理責任ってやつを問われて厳しく追及されていたみてぇだが、瓢箪から駒ってやつで、前回の改鋳の時に地金の一部を着服していた事がバレちまったって話だな」
「贋金云々というのは?」
「今んとこ、判っているのはその件だけみてぇだ。今回の件では潔白だと泣き喚いているみてぇだが……責任を取らされて吊されるんじゃねぇかってもっぱらの評判だな」
「まぁ……管理責任ってやつは生じるからな。誰かを処罰せねば収まらんだろうから、丁度好いと言えば好いんだろう。……他には?」
「あぁ、下手人としてエメンの名前が上がってる。有名人だからってより、地金の工夫から割り出したみてぇだな」
「へぇ……ここの連中もまんざら捨てたもんじゃねぇんだな」
「ただ、当然の話、責任者の周囲にゃエメンも地金も出てこねぇ。取り調べの連中も、おかしいとは思ってるみてぇだが、他に疑わしい者がいねぇ訳で、取り敢えずその男を責め立ててるって状況らしい」
天網恢々疎にして漏らさずとは、能く言ったものだ。別件逮捕臭い気もするが、取り敢えず収支は合っている。冤罪? 何ですか、それ?
「それだけか? じゃあ、マリア」
「あたしが聞いたのもほとんど同じね。責任者の自宅を家捜ししたら地金は出てきたんだけど、それは旧金貨の地金で、新金貨の地金は見つからなかったって話があったくらい。ただ、この話の裏までは取れてないわ」
マリアが聞き込んだのは、まことしやかな噂話の類らしい。現場が遠い事もあって、真偽の程までは判らないようだ。
「今はそこまで確かめる必要は無いだろう。フレイからは何かあるか?」
「僕は少し趣向を変えて、住民たちの反応を探ってみました」
フレイは贋金造りの噂よりも、この一件に関する国民感情の方を調べたようだ。確かに、こういう情報も集めておくのは重要である。それによると……
「抑国内的には、何の混乱も出てないみたいなんですよね」
材質がなんであれ公定の「金貨」には違いないし、貨幣の流通量にも変化は無い。従ってインフレもデフレも生じていないし……
「それ以前に、普通の国民が金貨を使う機会なんか無いみたいで」
「まぁ……そう言えば、そうか……」
「影響が出るとすりゃあ、商人どもくれぇか」
中規模以下の商人は、取り引きの上で多少の不便を感じているのではないか。そう思っていたら、豈図らんや……
「まだ新金貨が広まっていないせいで、今までどおり外貨で決済しているみたいです。実害はほとんど無いんじゃないでしょうか」
――というフレイの報告に拍子抜けする事になった。
「……それじゃ、国民生活には何の影響も無しか?」
「頭を抱えているのはお偉方だけかよ……」
「見事なまでの狙い撃ちね……」
呆れたような感心したような一同であったが、ここに一石を投じたのがハクであった。
「あの……」
「うん? 何かあるのか? ハク」
「気が付いた事があるなら、言ってくれる?」
「あ、はい……商人さんたちよりも、小父さんや小母さんが文句を言ってました。自分たちが納得してる金貨に、他所者がいちゃもんを付けるな――って」
どうやらテオドラムの一般市民にとっては、新金貨の使用を拒む他国の主張は言い掛かりしか思えないようだ。今回の贋金騒ぎの結果、一部の市民の間で他国に対する不信と不満が芽生える事になったのである。




