第百六十四章 贋金貨の混迷 6.ヤルタ教中央教会
その報告を聞いたボッカ一世は驚倒した。二年も前に片付いた筈の亡霊が、何で今頃になって蘇る?
「……テオドラムの新金貨の紛いものが出回っており、その下手人としてエメンなる者の名前が出てきた。そこまではよい……じゃが、何をどうすれば、そこに我がヤルタ教の名が絡んでくるのだ!?」
二年ほど前、ふとした事でエメンという贋金造りの身柄を確保したのは事実である。何かの役に立つかと思ってしばらくその男を監禁していたのも、面倒を嫌ってその後に始末したのもやはり事実である。
しかし――今回の贋金騒ぎにヤルタ教が関わっているなどというのは、根も葉も無い出鱈目である。第一、当のエメンは二年も前に死んでいる……などとは口が裂けても喋る訳にはいかない。従って、濡れ衣を晴らす手立てが無い。
「その……根も葉も無い与太話はどれくらい広まっておるのだ?」
「その……遺憾ながら……」
「かなりな範囲で囁かれておると申すのか?」
「……はぁ……」
冗談ではない。清廉潔白を主張する事はできないし、するつもりも無いが……だからと言ってこれはあんまりだ。濡れ衣とは言え、着せられて良い濡れ衣と悪い濡れ衣があってもいい筈ではないか。いくら何でも、国家転覆の濡れ衣など着せられて堪るものか。
「その……証人と申す者は、どこの何者じゃ?」
「いえ……それが……酒場などでの軽口として口の端に上っただけらしく……詳しい事などは何も……」
「無責任な与太話であると?」
「それが……噂になったのは贋金騒ぎのずっと前らしく……そのせいで、根も葉も無いと一蹴するのも難しく……」
「むぅ……」
実際のところは、自分を殺したヤルタ教に対する意趣返しをしたいというエメンの訴えを聞いたクロウが、どうせやるなら効果的にとばかりに、多数のアンデッドたちを動員して情報工作を仕掛けたのであったが……そんな裏事情が教主に判ろう筈も無い。ただ解ったのは……
「……贋金騒ぎを仕組んだ者が、騒ぎになる事を見越してかような奸計を仕込んでおった……そうとしか考えられぬか……いや?」
ここで教主は一つの可能性に気付く。二年前には脳裏をかすめる事すら無かった可能性だが……
「……その噂話では、エメン本人であった事は確かだと言っておったのか?」
「それは……複数の目撃証言があったようですが……何れも証人が行方をくらませておりまして……裏を取る事が叶いませぬもので……。ただ、何れの場合もはっきりエメンと名指ししておりましたそうですから」
胡散臭い話を持ち込んだ者が揃って消息を絶っているなど、それだけで怪しさ爆発の話である。なればこそ、表立ってヤルタ教を非難する者がいないのだろう。しかし、それはそれとして……
「……二年前に捕らえた者は、間違い無くエメンであったのか?」
「……本人がそう名告りましたもので……確認しようにも難しく……」
大っぴらに拘束した訳ではなく、密かに監禁した訳であるから、堂々と面通しなどできよう筈もなく、自白だけで済ませていたのだが……今となってみれば手抜かりであったかもしれぬ。
「……エメンの似顔絵のようなものは? 手に入らぬか?」
「は……それでしたら、昨年イラストリアがエメンめの行方を探しておりました時の触れ書きがございます」
「二年前に捕らえた者が正しくエメンであったかどうか、まずはそれを確かめよ。その上で、エメンに事寄せて我がヤルタ教に仇なす者を探り出すのじゃ」
「かしこまりました」




