第十八章 金策 2.素材屋にて
クロウはどこに行ってもクロウです。
王都に着いたのはいいが、目当ての店がどこにあるのか、いや、そもそもどんな店が原石などを取り扱っているのかすら判らない。うろうろきょろきょろとお上りさんよろしく歩いていたら、五回も掏摸に狙われた――その都度指をへし折ってやったがな。
埒が明かないんで適当な店に飛び込むかと考えていた矢先に、どうやら動物などから得られる素材を取り扱っているらしき店が目についた。もうここでいいか。そもそも今回の訪都は、金策以外に物価の相場を知る事も目的に含まれているわけだからな。高く買ってくれる店を無理して探す必要はない。素材屋でどの程度の値が付くか、他の素材がどの程度の値で取り引きされているのか、それらを知る事ができれば、今回の訪都の目的は一応果たせる。
素材屋に入って親爺に相談すると、伝手はあるから石の種類と品質によっては引き取ってもいいと言ってくれた。それではとカウンターに原石を出そうとした時、後から俺にぶつかった客がいた。
客が不注意を詫びたので、軽く会釈して気にしていないと手を振ってからカウンターを振り向くと、素材屋の親父の目は魔石珠――ガラス玉に魔力を流して作った魔石――に釘付けになっていた。ぶつかられた時に手が滑って、念のために持って来ていた魔石珠が懐からこぼれ出た、そう気づくのに時間はかからなかった。
『ヤバい、ヤバい、ヤバいっ!』
『ちょっっ、マスターっ! 何でアレ持って来たんですか!』
『いやっ、万一何かが起きた時のために、と思って……』
『あんなの持って来たせいで、万一の何かが起きたじゃないですか!』
内心の動揺を見せないように、落ち着いてその魔石珠を取り上げる。
「あ、済みません。これは売り物じゃないんで」
「兄ちゃん、それって魔石だろ? そんな偉ぇ代物、どこで手に入れた?」
「いや、拾ったんですよ。魔石なんですか? これ」
「あぁ、魔力もたいしたモンだが、何よりその細工が凄ぇ。どっかの貴族からの盗品じゃねぇだろうな。下手すっと、首がすっ飛ぶぞ」
「さっきも言ったように拾ったんですよ。どこかから紛失届が出されてるんですか、コレ?」
素知らぬ顔でそう切り返すと、素材屋の親父は渋い顔で答えた。
「いや、出てねぇ。そんな手配書が回っていたら、見落とすわけがねぇからな。しかし、どこでそんな代物を拾った? 言いたくなきゃ言わなくてもいいが」
この段階で俺は隠し立てするのを諦めた。必要以上に疑いをかき立てるよりは、当たり障りのない話を答えておこう。
「モローっていう町の跡があるでしょう? あそこから少し離れた場所に、半ば埋まっていたんですよ。珍しいんで国元への土産にしようと思いまして」
「兄ちゃん、モローは廃墟ってわけじゃねぇぞ。あんな町でもまだ住んでる連中はいるんだ……。しっかし、上手く見つけたもんだな?」
「あそこって昔金が採れたんでしょう? 欠片でも見つかったらいいな、て感じで下を向いて歩いてましたから」
話に筋は通っている……筈だ。親父は一応納得した様子で、こちらが出した原石を買い取った――魔石珠を仕舞った懐を、名残惜しげに見つめながらだが。
原石はまぁまぁよりも少し安い程度の値が付いた。
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イラストリア王国軍第一大隊の司令部での一コマである。
「おい、ウォーレン、近頃素材屋界隈で広まっている噂を知ってるか?」
「藪から棒になんです? あいにく素材屋に知り合いはいないもので」
「どっかの旅人がモローの近くで凄ぇ魔石の宝玉を拾ったそうだ」
「本物ですか?」
「素材屋の親父はそう見立てたそうだ。先に言っとくが実物は無ぇ。旅人が売らずに立ち去ったそうだからな」
「……実物がないと何とも言えませんが、何が特別なんです?」
「おう。何でもこれまで見た事がないほど透明で、その上、完全な球形だったんだとよ。そんな魔石を知ってるか?」
「いえ……。そんな代物がモローのそばで、ですか……」
「ちょいと気になる話だろうが、え?」
案の定やらかしました。この時のアクシデントは、結構後々まで響きます。




