第百六十一章 精霊からの依頼 4.闇精霊の少女
書籍版読者の方にはお馴染みのキャラが登場します。
爺さまとの相談を終えて洞窟へ向かっていた俺たちの前に、一体の精霊が現れた。
『……ぇ……が……の…………ば……』
……何か言っているようだが、声が小さいのか周波数が合わないのか、ノイズばかりで何を言っているのか解らない。……うちの子たちなら解るかな?
『お前たち、アレが何を言っているのか解るか?』
『いえ……残念ながら解りかねますな』
『精霊は……私たちとも……色々と……違って……いますから……』
何を言っているのか、うちの子たちにも解らないようだ。
これは爺さまのところへ戻って通訳してもらうしかないかと思っていたら、精霊が業を煮やしたように俺の額に張り付いた。……おい。
『……なら……ば……えたら、返事をし……さい』
『お? 途切れ途切れだが聞こえたぞ』
『……なら、どう?』
聞き耳を立てるイメージで念話のスキルを調整してみると、精霊の方でも色々と試してみたらしく、何とか意思疎通が可能になった。
『あなた、精霊門を開いてくれるの?』
『爺さまから聞かなかったのか? 一応腹案のようなものはあるが、それが上手くいくかどうかは判らん。魔力スポットの強化も復旧も、まだ試案の状態でしかないんだ。これから色々と実験してみなくちゃ何とも言えん。仮に実験が成功しても、そのための組織をどうするかといった問題もある。この場で即答できるようなもんじゃない』
『……難しい事はいいわ。あなたがあたしたちを助けてくれるなら、あたしもあなたの手助けをしてあげる。約束よ』
いや、約束だか何だかしらんが、勝手に決めるなよ。
文句を言おうとしたら、一瞬目の前が眩く光ったような感じになって、思わず目を瞑る。少ししてから眼を開けると、目の前に小さな女の子が浮かんでいた。
短めの黒髪に黒い瞳。着ている服はピーター・パンか、「夏の夜の夢」に出てくるいたずらな妖精パックみたいな感じだが、これまた黒い。総じて言えば黒猫のような感じの女の子だった。――ネコ耳と尻尾はついてないけどな。
『黒猫みたいだな……』
思わずポツリと呟いたんだが、目の前の少女はそれを聞き逃さなかったらしい。
『シャノ……何て言ったの?』
『シャノアか? 俺の世界の言葉で、黒猫って意味だよ』
フランス語だけどな。
『……好い響きね。これからそう名告る事にするわ』
少女がそう言った途端に、俺は僅かだが魔力を吸い取られたような感覚を覚え、同時に自分と目の前の精霊が繋がったような気がした。慌てて「従魔鑑定」をかけようとしたが、それは失敗した。
『……どういう事だ?』
『多分、あたしとあなたの間に縁が結ばれたんじゃない?』
姿形が以前にも増してはっきり見えるだけでなく、話している言葉も明瞭に解る。
どういう事だと問い詰めた挙げ句、俺に理解できたのは次のような事だった。
まず、精霊が人間と「約束」を結ぶと、その精霊と人間の間に一種の契約が成立する。これによって人間は精霊との意思疎通が可能になるが、これはいわば便宜的かつ一時的な契約でしかなく、精霊は気分次第でこの契約を「予告無くかつ一方的に」打ち切る事ができる。
この「約束」とは、契約を結んだ人間が特定の精霊に頼み事をする権利を保証するものだが、その頼みを聞くかどうかは精霊の裁量に委ねられる。ただ、わざわざ約束までした人間の頼みを素気無く断るような事をすれば精霊の評判も落ちるし、何より大抵の場合はその人間を気に入って約束を結ぶのだから、滅多な事でない限りは頼みを聞くのが普通のようだ――勿論、精霊にできる範囲の事という前提はあるが。頼みを聞いてもらった礼として、人間は精霊の望むもの――大抵はお菓子など――を差し出すのだという。
さて、それに対して俺とこの精霊――シャノアと名告っているが――の間に結ばれたのは、「約束」より一段深い「縁」というやつらしい。
この「縁」が繋がっている間は、俺には精霊の居所が判るし、精霊は俺から魔力の補給を受けるから消耗しないのだという。「寄生虫」という単語がまたしても一瞬頭をよぎったが、双方に利のある事らしいし、「共生」というのが妥当だろうと重ねて思い直した。
……決して、何やらゾクリとする感覚を覚えたからではない。
『……で、俺から魔力を得る代わりに、お前は何ができるんだ?』
そう訊ねると、目の前の精霊……シャノアは、クルリと身体を回して答えた。
『精霊は魔力も使えるけど、あまり大きな事はできない。でも、あなたが行きにくいような場所にも潜り込んで偵察とかできるわよ?』
闇精霊なんて言うから死とか瘴気とかを好むのかと思っていたら、そういう訳ではないらしい。単に夜に活動する事が多いため、アンデッド系の魔物と遭遇する事が多く、慣れているだけだそうだ。
それはともかくとして、偵察戦力が増えるというのは確かに便利そうだが……
『いや待て。お前は精霊だろう? そうそう人間の町なんかに潜り込む訳にはいかんだろうが』
『そんな事は無いわよ。精霊はどこにでもいるし、どこにでも行ける。普通の人間には見えないし、身を隠す術も弁えている。あなたと「縁」が繋がったから、魔力切れの心配も無い。何よりあたしは闇の精霊だから、闇がある場所ならどこでも活動できる』
自信満々に言い切るんだが、勝手に危ない真似をされたら困る。情報収集ってのは、探っている事すら気付かれないようにするもんだ。ここは勝手な真似をしないように、一つ釘を刺しておこう。
『縁とやらを結んだ以上、俺に黙って危険な真似をするのは許さんぞ』
『ふ~ん?』
何だ? 妙に嬉しそうだな?
という訳で、闇精霊シャノアの登場でした。本来この第五部のためのキャラだったのを、書籍版では彩りのために前倒しでの登場となったものです。




