第百六十一章 精霊からの依頼 1.精霊門の打診
ようやくこの話まで辿り着きました……
ホルンと話してから二日後、エッジ村へ戻ってきてから数えると五日後に、俺は久々に爺さまの許へと向かっていた。何でも俺に相談があるらしい。爺さまの頼みなら聞いてやりたいんだが……迂闊に返事はできないな。この前はエルフに肩入れする事になって、結果的に貴族領二つが荒廃したからな。
『……儂のせいであるかのような言い方をするんでないわ』
『で、相談って何だ? 爺さま。安請け合いはできんが、話だけなら一応聞くぞ』
『うむ……実はのぅ……』
爺さまの相談とは、俺のダンジョンを精霊門として使わせてもらえないかというものだった。爺さま本人の依頼というより、馴染みの精霊たちからの依頼を爺さまが取り次いだような形らしい。いや、それよりも――
『精霊門って何だ?』
『あぁ、精霊たちが長距離を移動する時に使う……お主のダンジョンゲートのようなものじゃな。移動距離はそれより小さいが』
『? 何で俺のダンジョンを使う必要がある? そんなもん、そこらに勝手に設置すればいいだろうが?』
『それがそう簡単にはいかんのじゃよ』
爺さまの説明では、精霊自体の魔力はそれほど大きくないので、精霊門を繋いで長距離を移動する時には、外部から魔力を補給する必要があるらしい。つまり……
『魔力が溜まっておる場所でないと精霊門を設置できん……と言うより、設置する意味が無いのじゃよ』
『……ちょっと待て爺さま。その……精霊門とかは、能く知られた話なのか?』
『まぁ、人間にもそこそこには知られておるようじゃのぅ』
つまり何か? 精霊門があるという事は、そこが魔力の溜まり場でございって喧伝するようなもんか? 冗談じゃない!
『いえ……ご主人様……精霊門の話を……知っているのと……精霊門を認識するのとは……別問題だと……思いますが……』
『精霊門の話だって、詳しくは知られていないんじゃないですかぁ? マスター』
それでも何かの拍子にバレるかもしれんだろうが。俺としては危険を冒す訳にはいかないんだよ。
『おぃ爺さま、俺がダンジョンの痕跡を隠すのにどんだけ苦労してると思ってんだ。ゲートフラッグの時にも言っただろうが。俺の洞窟や山小屋が実はダンジョンでした――なんて触れ回るような真似ができるか。却下だ』
『まぁ、そう慌てるな。何も精霊たちも、この場所に門を開くと言うておるのではないんじゃ』
『……どういう事だ?』
『実はのぅ……』
爺さまが聞かせてくれた話は、またしても頭が痛くなるようなものだった。
『またぞろテオドラムが出てくるのか……あの国は本当に碌な事をせんな……』
爺さまがクロウに語った内容を要約すると、以下のようになる。
まず大前提として、精霊や魔物が生きてゆく上では魔力や魔素が必要だという事実がある。そしてその魔力や魔素は、この世界では山岳地帯などから放出され、平地へと降って行く。平地は――正確には平地の生き物たちは――少しずつ魔力を吸収するが、山岳地帯から放出される魔力に対して平地での吸収量は小さいので、放出された魔力はかなり遠くまで拡散してゆく。大規模な森林や湖沼も魔力を放出する事があるが、寧ろ森林の役割としては、魔力や魔素を留め置くという事が大きい。何も無い裸地では魔力はすぐに拡散して消えるが、樹木に覆われた場所では長くその場に留まるのだという。
ところが、人間活動によって樹木が伐り倒されて農地や居留地に形を変えていくと、魔力や魔素の薄い場所が増えてゆき、精霊や魔物には棲みにくい場所に変わっていく。
これを国是として大々的にやらかしたのがテオドラムである。
国内の森林をほぼ全て伐採して農地に変えたため、精霊や魔物が棲めなくなって姿を消した。以来テオドラムは魔物素材の確保に苦しむ事になるのだが、それは自業自得として、問題は広大な魔力空白域が出現したために、精霊たちの移動までが大きく阻害されるよう事になったのだという。
『まぁ移動の不都合については、テオドラムだけに責を負わせる訳にもいかん。テオドラムの問題は、その範囲があまりにも広かったという事じゃな』
人間活動に伴って森林が伐られた場所では魔力や魔素が薄くなるため、精霊や魔物が長期間滞在する事ができなくなる。結果として、彼らの移動が阻害されるという事らしい。
『精霊門を使わない移動もか?』
『そういう事じゃ。人間と契約する精霊が増えたのも、それが一因じゃな』
『どういう事だ?』




