第百五十九章 災い目覚める 3.テオドラム王城(その2)
「……いっその事、魔石でも売るか?」
投げやりな口調で呟いたジルカ軍需卿に、以ての外という剣幕で噛み付いたのはレンバッハ軍務卿であった。
「何を戯けた事を! 人造魔石の技術は、我が国の技術陣が心血を注いで完成させたもの。魔石の確保に窮している我が国の生命線だ。軽々しく売るなど論外だ!」
「……仮に売りに出したとして……魔石を生み出す技術の存在が露見すれば、その技術には高い値が付くかもしれんが、それを売り渡す事ができん以上何にもならん」
「ついでに言えば、魔石の値段が暴落する可能性もある。我が国には何の利益ももたらさんな」
レンバッハ軍務卿に続いてマンディーク商務卿、ラクスマン農務卿からも駄目出しを喰らい、ジルカ軍需卿も謝罪の言葉と共に思い付きを撤回せざるを得なかった。
「……とにかく、当面は売れそうな砂糖に絞って販売を強化するしかあるまい。幸か不幸か、亜人どもの砂糖菓子が火付け役となって、砂糖の消費量自体は増えている。多少値下げをしたところで、そう痛手ではあるまい」
マンディーク商務卿の言葉に一同が同意する事で、当座の方針が決まったのだが……
「……しかし、これは本当に偶然なのか?」
八つ当たり気味にではあったが、その場の全員が思っている事を、レンバッハ軍務卿が代弁した。
「他国との間がややこしい事になっているこの時期、しかも亜人たちが砂糖の廉売を仕掛けているこの時期に、あろう事か贋金騒ぎなど……」
軍務卿のぼやきに応じたのは、マンディーク商務卿であった。
「偶然と言うには出来過ぎの気もするが、しかしやはり偶然だろう。ビールと砂糖くらいなら、足並みを揃える事もできたかもしれん。しかし、マーカスやモルヴァニアはそこにどう関わってくる?」
「同感だ。マーカスとモルヴァニアが手を組んで……という説も考えられんではないが、そうなるとあの忌々しい岩山ダンジョンの説明が付かん。アレにはマーカスも少なからぬ迷惑を被っておる筈」
トルランド外務卿もこの意見に賛同するが、レンバッハ軍務卿はこれには異論があるようで……
「いや、待ってもらいたい。マーカスのやつらは、あの岩山が出現するよりも前からしゃしゃり出てきたのを忘れたのか? 何らかの密約が存在した可能性は無視できんだろう」
「それはそうだが……」
マーカスがあの場所に現れたのは、クロウが派遣したグレータースケルトンワイバーンに誘導されたせいなのだが、テオドラム側には目撃されないよう注意していたため、テオドラムもその辺りの事情を掴んではいなかった。
「それにだ、イラストリアのバレン男爵領で暴れた亜人どもは、通商封鎖という新奇な手段を持ち出した事を忘れたのか? 今我が国が被っておる国難が、それと無関係とは思えん」
「むぅ……」
言い募るレンバッハ軍務卿であったが、トルランド外務卿がこれに反論する。
「しかし……亜人どもが仕組んだというなら、マーカスやモルヴァニアの動きはどう説明する? あの二国を動かせるほどの影響力を持つのなら、何もこんなまだるっこしい真似をする必要はあるまい? それにだ、ダンジョンマスターについては亜人どもと何らかの交誼があったとしてもだ、贋金はどう説明するのだ?」
「うむ。新金貨の鋳造に関しては、鋳造の時期も使用の時期も、全て我々が決定したのだ。いくら亜人どもが妙な術を使うと言っても、それらの全てを事前に知る事は不可能であった筈」
「それはそうだが……」
全ての災難を単一の何者かのせいにしたいレンバッハ軍務卿の主張も解らなくはないし、そこまで強力な敵対者が存在すると思いたくないマンディーク商務卿やトルランド外務卿の思いも理解できる。
話が拗れそうになった時に割って入ったのがラクスマン農務卿である。
「――とは言え、妙に平仄が合い過ぎておるのも事実。あるいは何者かが亜人どもと手を組んで……という疑いが無きにしも非ず」
「何者か……というと?」
「亜人どもと懇ろにしている国、水面下で我が国と敵対しておる国、他の国との交渉が可能である国、それに……諸君らは忘れておるようだが、以前に贋金造りの件で我が国に接触してきた国があっただろう?」
「――イラストリアか!」
「決まっておる……と、言いたいところだが……砂糖の件があるからな……」
全ての責任をどこかに負わせようとすると、必ずと言って良いほど、辻褄の合わない事が出てくる。イラストリアの場合は、砂糖の生産とその使い方の巧みさが、イラストリアの国情や文化と合わないのである。
しかし、一国に全ての責を負わせる事ができないのなら……
「……沿岸国が絡んでいるのか?」
「あるいは三者が手を組んで?」
「あり得ぬ、とは言わんが……そこまで事が大きくなると、隠し通すのは無理ではないか?」
「もう一つ。砂糖の件では確かに我が国と競争関係にあるが、我が国が沿岸諸国から薪などを購入しておるのも事実。それを無視して我らと事を構えて……沿岸諸国にどんな利益があると言うのだ?」
困惑する国務卿たちであったが、ここでファビク財務卿が再び発言する。
「主犯がどこなのか、その詮索は一旦棚上げにしてもらえんか? それよりも、今は外貨の獲得のためにどうするか、知恵を貸してもらいたい」
至極尤もな話である。
全員が考え込む中、メルカ内務卿がぽつりと呟いた。
「……あの岩山のダンジョンでは、多くないとは言え、金が採れるのであったな?」
全員が振り向く中、内務卿は更に言葉を紡ぐ。
「石炭の件もあるし……あのダンジョンの探索にもう少し注力しても良いのではないか?」




