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第百五十八章 ホルベック領献上品顛末 1.発端

 考えの浅い代官がその話を切り出した時、クロウたちは好機到来と密かにほくそ笑んだという――当人たちは頑として否定しているが。



 何の話かというと、エッジ村を含むエルギン男爵領領主ホルベック卿に対する献上品――このところ(ちまた)で評判になっている草木染めを、領主であるホルベック卿に献上するのが筋ではないかという話である。


 昨今のエルギン男爵領は、亜人(ノンヒューム)連絡会議の事務所開設やら、その彼らから贈られた古酒が王都で評判になるやらで、間違い無く王国一ホットな場所となっている。就中(なかんずく)、古酒に対する貴族たちの執着は凄まじく、是が非でも入手せんものと、連絡会議の事務所に夜討ち朝駆けでコンタクトを取ろうと必死になっていた。しかし生憎(あいにく)な事に、こういう手合いに不慣れな亜人(ノンヒューム)たちを(かえ)って警戒させるという、裏目も裏目、大裏目な結果になってしまい、焦った貴族たちが伝手(つて)を求めてホルベック卿に殺到するという状態になっていたのである。

 そんな状況下でエッジ村が――丸玉細工と草木染め、更にはそれらを駆使した斬新でお手頃価格のファッションで評判を取った、あのエッジ村が――五月祭に参加するというのである。勘弁してくれと言いたいのがホルベック卿の本音であろう。

 しかし、空気の読めない小役人というのはどこにでもいるもので……



「ほほぅ……代官殿がそんな事をね……」

「んだ。殿様に献上品を出すんは構わねぇけんど、今時分にそれをやったら、目立ち過ぎでねぇだかな?」



 エッジ村の村長宅で、クロウは村長と密談していた。

 帰村早々に村長から相談を持ち掛けられたクロウは、ルパ――ホルベック卿の三男――から聞き出した内容を村長たちに伝えている。古酒が引き起こした貴族たちの動きと、そのしわ寄せを被った形のホルベック卿の心労を――内々の話だとして――聞かされた村人たちは、ごく素直に領主の立場に同情していた。案外に政治センスのあったらしい村長などは、古酒騒ぎが沈静化していないこの時点で、新たに草木染めの事を表沙汰にしていいものかと危ぶんでもいた。今なら、草木染めはエッジ村という一寒村の特産物という程度に収まっていられる。しかし、もしも領主への献上品という事になると、これは嫌でも人目を引く事になる。

 古酒に連絡会議と、亜人(ノンヒューム)絡みのあれこれで、ただでさえ面倒な立場に置かれているホルベック卿がそれを歓迎するかどうか、少し頭の回る役人なら気が付こうというものだ。



「草木染めだけならともかく、丸玉細工の方は……」

「エルフの衆も表に出してんだでなぁ……」



 そう。クロウ懸命の隠蔽工作の甲斐あって、丸玉の出所はエルフであり、エッジ村は最寄りにあるシルヴァの森のエルフから丸玉の供給を受けているという誤解が醸成されつつあった。実際には違うし、その事はエッジ村の村人たちも知っているが、クロウの事を隠すためにあえて知らんぷりを決め込んでくれている。その事自体にはクロウも感謝の念しか無いのだが、問題は……



「ここで丸玉を献上したら、ホルベック卿とエルフたちとの結び付きを喧伝するだけですよねぇ……」

「殿様、胃の腑に穴が開くんでねか?」

「無実の罪で責め立てられるようなものですしねぇ……」

「……やっぱ、丸玉の献上は()めといた方がえぇか……」

「それは無論そうでしょうけど……献上するのが草木染めだけでも、ホルベック卿には(こた)えると思いますよ」

「下手ぁすっと、(ねた)みのタネが三つに増えるでなぁ……」



 一介の村長ですら気付く展開に、仮にも代官が気付かないのは如何(いかが)なものか。



「で、代官は徴税面での優遇をちらつかせてきたんですね?」

「んだ。今のうちから殿様に献上品を上げておくと、覚えが目出度くなるっつってたべ」

「まぁ、普通なら間違った発想でもないんでしょうけどねぇ……」

「今は時期が悪いべよ」

()りに()ってこんな時期に、五月祭の出店が重なりましたからねぇ……」



 昨年の夏祭りで約束させられた五月祭への出店。連絡会議事務局は既に設立されていたとは言え、この時までのエルギンは比較的平穏な町であった。

 その平穏が一転して破られたのは今年の二月、亜人(ノンヒューム)連絡会議から日頃のお礼にと贈られた古酒が、そしてホルベック卿が軽い気持ちで王家に献上したその古酒が、全ての発端――と言うか元凶――であった。詳しい事情は既に述べたので割愛するが、ともかくそのせいでエッジ村の五月祭参加が、火薬庫に火種を持ち込むが如き行為になってしまったのである。

 なのに、そんな事情を露ほども考慮しない代官が、あろう事かその火種――草木染めと丸玉細工――を領主に献上するように迫ってきたのだ。しかも、徴税面での優遇をちらつかせて。



「これ、完全に代官の独断専行ですよねぇ……」

「殿様のご意向だとは思えねぇだでなぁ……」



 ともあれ、代官がそんな悪手を打った以上、そこに付け込まない手は無い。



(くだん)の代官って、どういう人物なんですか」

「んだ……なぁ……殿様のご意向に逆らうような事ぁしねぇだが……その中でちぃとばっか小遣い稼ぎをやる程度ぁ気にしねぇっつうか……」

「要するに、小悪党とも言えない程度の木っ端役人だと」

「そこまではっきりたぁ言えねぇけんど……」

「おつむの方はどうなんです?」

「……クロウさぁも今度の事で、大体ぁ見当付くべ?」

「まぁ、大体は」



 なら、密かに準備していた計画が使えるだろう。

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