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第百五十七章 傍迷惑な要請 5.マナステラ

 イラストリアへの視察団派遣を決定したマナステラであるが、何もすんなりと派遣が決定した訳ではない。そこに至るまでの間に、あれやこれやの紆余曲折があったのである。


 古酒の情報に接した彼らは驚いて詳細を求めたのだが、最終的にノンヒュームたちとの窓口を務める羽目になったエルギン領主ホルベック卿からの返事は、〝交渉の努力はしているが、ノンヒューム――亜人たちは自らをこう称している――たちの返事は捗々(はかばか)しいものではない〟という、何とも判断に困るものであった。

 というのも、古酒が欲しい貴族たちの大攻勢に(さら)された連絡会議事務局がすっかり(おび)え……と言うか、警戒の念を強めてしまい、最終的には門を閉ざして〝ご用聞き――この場合は貴族の使い――お断り〟の札を出すまでに至ったのである。貴族相手の交渉に慣れていないノンヒュームとしては無理もないとも言えるのだが……この場合はこれが裏目に出た。

 事務局から締め出しを食った使者たちが、もはやノンヒュームなら誰でもいいとばかりに、一般のエルフや獣人たちを誰彼構わず口説き落とそうとし始めたのである。無理矢理に連行しようとする愚か者まで出るに至って連絡会議も領主も座視している事はできず、前者はノンヒュームたちになるべく一人では行動しないようにという通達――小学生の下校時の注意と同等――を出し、後者は各貴族相手にやんわりと、しかし断固たる警告を流すまでになった。

 それらの甲斐あってか、やがて事態は沈静――もしくは潜伏――の様子を見せたのだが、回り回ってマナステラからの要請を受けたホルベック卿としても、こんな不始末――もしくは醜態――を他国に伝えるには忍びず、前記の如く曖昧(あいまい)模糊(もこ)とした表現になったのである。


 しかし、これを受け取ったマナステラの側では、ノンヒュームたちが好い顔をしない理由が判らない。仄聞(そくぶん)するように古酒そのものが少ないために色好い返事ができないのか、それとも、マナステラにだけ難しい顔をしているのか。マナステラの側としてはそれこそが一番気に掛かる点なのだが、返書のどこにもそれに触れた箇所は無い。

 議論百出紛糾の挙げ句、間に入ったイラストリアが()からぬ真似をしているのではないかという声まで出る始末。これ以上事が(こじ)れる前にと、現地への使者の派遣を決定したというのがマナステラの事情と経緯であった。


 それが五月祭の視察団にまで膨れ上がったのは、これもやはりノンヒュームたちの対応に原因がある……と言うか、それを深読みし過ぎたせいであった。



「……新年祭には出店してもらえたとは言え、それはマナダミアともう一ヵ所だけ。イラストリアには昨年の五月祭の時点で三ヵ所も出店しているというのにだ」

「遺憾ながら、我が国は亜人たち……ノンヒュームというのだったな……その彼らとの融和という点において、イラストリアの後塵を拝する事になったようだ」

「やはり……クリーヴァー公爵家の一件が、後を引いているのだろうか……」



 違う。


 ノンヒュームたちがクリーヴァー公爵家の件を快く思っていないのは事実であるが、ビールと砂糖の出店はそれとは別の理由で決まっている。主たる理由がテオドラムに対する嫌がらせ――二番目の理由はノンヒュームたちの産業振興――である以上、直接にテオドラムと国境を接していないマナステラで事を起こしても効果が薄いだろうという判断であった。



「……ったく……今更ながら、当時の馬鹿役人どもめを(くび)り殺したい気分だ」

「よせ。過ぎた事を蒸し返しても、何の役にも立たん」

「確かに蒸し返しは感心せんが、無視はできんぞ?」

「無視するつもりは無い。ともかく今は、失った信頼を取り戻すのが急務だ」

「そうなると……古酒の件を交渉に行くだけでは(まず)いか?」

「……だな。こちらからの要求ばかり押し付ける格好になる。ノンヒュームたちが今以上に態度を硬化させかねん」



 そんな事は無い。


 テオドラムを敵に回した以上、他の人族の反感まで買うほどのゆとりはノンヒュームたちには無い。(むし)ろ、人族との融和を図るという含みも、ビールや砂糖菓子の販売には持たせられているのだ。



「……もうすぐ五月祭が近い。この際だ、イラストリアの五月祭の視察も兼ねさせるというのはどうだ?」

「……イラストリアと我が国との間で、扱いに差があるかどうかを確かめさせるのか?」

「と言うより、()の国の民衆の態度だな。彼らがノンヒュームたちにどう接しているのかを知る事は、決して無益ではあるまい」

「そうだな……我らが気付かぬだけで、民たちの態度に何か問題があったのかもしれん」



 いや、ノンヒュームたちが腹に据えかねているのは、民衆ではなく国王府の――正確に言えば、当時の政策を主導した一部の小役人の――態度なのだが。


 ともあれ、このような次第でイラストリアの五月祭に向けて視察団の派遣が決定したのであるが……



「で、誰と誰を派遣するかだが……」

「イラストリアに縁が深いというなら先代のパートリッジ卿なのだが……」

「イラストリアに居を移してから、こちらには戻って来ぬしな」

「息子にやらせるか?」

「いや、当代のパートリッジ卿は、父親と違ってイラストリアとの伝手(つて)を持っておらん。参加させる理由が薄い」

「外務閥でもないしな」

「しかし……下手な者を送って問題を(こじ)らせては(まず)いぞ」

「今回はイラストリアとノンヒュームの二者を相手にする訳だからな」



 ――と、いう形で人選は紛糾し、挙げ句に……



「……この際ノンヒュームたちに伝手(つて)のある者なら誰でも構わんのではないか? 確か我が国にはエルフの商人がいただろう」

「セルマインの事か? 生憎(あいにく)あやつはどこかへ雲隠れしていてな。連絡がつかんのだ」



 近々マナステラの王都マナダミアに開店予定の砂糖菓子店の件で走り回っているのだったが、その事をマナステラの国王府が知るのは、もう少し先の事になる。

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