第百五十七章 傍迷惑な要請 4.バンクス~旧友~
「久しぶりの対面は嬉しいのじゃが、何やら面倒事を持ち込んできたらしいの」
苦笑を浮かべてホルベック卿に言葉をかけているのはパートリッジ卿。若かりし頃のホルベック卿がマナステラに留学していたという事情もあって、マナステラの貴族であるパートリッジ卿とは旧知の間柄である。ルパがこの町に居座ったのも、実はそういう事情が絡んでいる。
「面倒事の元は儂ではないわい。お主の国許が大元じゃ」
「ふむ、聞かせてもらえるかの?」
「無論じゃ。そのために態々ここへ飛んで来たのじゃからな」
王都での滞在を途中で打ち切って領地へ戻る。
通常なら許される筈も無い振る舞いであるが、それが許されたからにはそれなりの事情というやつがある筈。しかして、その当人が態々バンクスに立ち寄ったとなると、やはりそれなりの理由がある筈であった。
「一言で云えば簡単な話じゃ。マナステラの国王府が、来る五月祭に向けて視察団を派遣する事になったそうじゃ。……ビル、お主は知っておったか?」
「……何? いや、初耳じゃぞ? 倅めは何も連絡を寄越さん」
「ふむ……儂が宰相殿より話を伺ったのが十日……いや、九日ほど前じゃ。王家にマナステラより連絡が届いたのがその前日という事であったからな。お主の実家にも、そろそろ話が聞こえておっても良い頃合いであろう」
「ふむ……倅めは外務には関与しておらぬからの。話が遠いのも無理はないか。……で、その件でお主が慌てふためいておるところを見ると……」
「うむ。迷惑な事に、我が領都エルギンも視察の対象に選ばれたそうな。大方ノンヒューム……エルフや亜人たちが自分たちの事をそう呼んでおるのじゃが……その、何やら事務所がエルギンにできたのが原因らしい。……お主の前で何じゃが、あの国とノンヒュームたちの間は、未だにギクシャクしておるようじゃの」
言われたパートリッジ卿の方も、渋い表情を隠さない。
「目先しか見えぬ木っ端役人どもが下手を打った挙げ句のあの始末じゃ。あんな国が祖国じゃと思うと、心底情け無ぅなってくるわい」
どうやらパートリッジ卿がイラストリアへ居を移したのも、そのあたりが絡んでいるらしい。
「ま、今度の事で阿呆役人どもも思い知ったようじゃ。慌てて視察の連絡など寄越すようじゃからな」
「最早哀れむ気にもなれんが……そうするとお主がやってきたのは、視察団の情報を知るためか? 生憎と儂も仔細は掴んでおらんのじゃが……」
「それだけではないわい、間抜けめ。あやつらは『五月祭』を視察に来るのじゃぞ?」
「おい……まさか……」
「そのまさかじゃとも。ここバンクスも、めでたく視察の対象に挙がっておる」
凶報を報されたパートリッジ卿が思わず表情を強張らせるが、ホルベック卿は淡々と言葉を続けていく。一人で高みの見物を決め込もうなど、誰が許すものか。
「何しろここにはお主という〝マナステラの貴族〟がおる。視察団どもめ、嬉々として乗り込んで来るであろうよ」
しばし考え込んでいたパートリッジ卿であったが、やおら顔を上げると宣言する。
「悪いが儂はシャルド発掘の予備調査があるのでな。視察団の相手はルーパート君に任せよう」
再び安全圏に待避する事を宣言したパートリッジ卿であったが、そうは問屋が卸さない。
「気の毒じゃな。宰相殿の言に拠れば、シャルドの遺跡もしっかり視察対象となっておるそうじゃ。何しろあそこは人族とノンヒュームたちの共存の証拠じゃからな。やつらの本音としては、マナステラでないのが癪の種というところであろうよ。お主がシャルドに滞在しておれば、これ幸いと質問攻めにされるのは免れんな」
立て続けの凶報に、パートリッジ卿もすっかり打ちのめされた様子である。
「逃げ場が無いというのか……」
「ま、シャルドの遺跡については、王立講学院の学院長マーベリック卿が直々に講義をしてくれるそうじゃから、大人しくしておればお主にとばっちりが行く事はあるまいよ」




