第百五十七章 傍迷惑な要請 3.バンクス~父と子~
クロウがバンクスを発った翌々日の夕刻、ルパは意外な人物の訪問を受けていた。
「父上! どうしてここに?」
「家を出たっきり寄り付かん薄情者の末っ子に、父親が会いに来た。それほど驚くような事か?」
エルギン男爵オットー・ホルベック卿、登場。
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「父上は王都におられた筈では?」
久しぶりに対面した親子団欒の夕食。その席上でルパが父親に訊ねる。
王都イラストリアと領都エルギンを結ぶルートのほぼ中間にバンクスがあるという位置関係上、ホルベック卿がルパを訪ねる事は珍しくない。
ただし、それは大抵の場合事前にアポイントメントを取ってからであり、今回のように何の通告も無く訪れるというのは異例である。まして、ホルベック卿は本来なら、今頃は王都にいる筈ではなかったのか?
「ちと面倒な事が起こってな。急ぎ領地へ向かう許可を取った」
「面倒な事……ですか」
エルギン領の面倒事と言えば、つい先日クロウから不吉な話を聞かされたばかりである。
「何じゃ? 何か知っておるのか?」
「知っているというか……」
ルパは先日クロウから聞いた話を持ち出した。
「なんと……エッジ村がそのような事になっておるとは……」
「やはりご存じありませんでしたか。実家の兄上には、昨日のうちに手紙を出しましたが……」
いくら領主といえど、住民たちが直にエッジ村に乗り込んで行って強談判に及んだ内容など、知り得る訳も無い。
「全く知らなんだ……お蔭で頭痛の種が増えたわい」
「つまり……領内の面倒事というのは、これとは別なんですね?」
気の毒そうに父親を眺めるルパであったが、その目の奥には、自分には関係無い話で良かったという感情も仄見える。
しかし、そんな薄情息子に向けて発せられたホルベック卿の台詞は、ルパの安心と油断を吹き飛ばすようなものであった。
「……対岸の火事と高みの見物を決め込んでおるようじゃが……お前にとっても他人事ではないのじゃぞ」
「は?」
怪訝そうな表情を浮かべたルパであるが、父親の話を聞いた途端に表情を強張らせた。火事は対岸と思って安心していたら、飛び火した炎がいつの間にか足下にまで迫っていた事に気付いたのである。
「そういう訳じゃからして、できるだけ早くビルのやつから話を聞かにゃならん。その手配を任せて良いか?」
「パートリッジ卿は……確か、明日は誰やらと面会の予定があった筈です。明後日に会えるかどうか、急ぎ使いを出しましょう」
「頼むぞ。儂は早めに休ませてもらう。この歳になると、王都からここまで飛ばして来るのも堪えるわい」
早めに客用寝室に引き上げる父親を見送りながら、ルパは思案を巡らせる。この件についてはクロウにも報せた方が良いだろうと。クロウの居所は知らないが、エッジ村の村長気付けで手紙を出せば届くだろう。明日にでも書いて送るとしよう。




