第百五十六章 新たなダンジョン 6.「谺の迷宮」
『「谺の迷宮」』『ですか?』
『あぁ、そうだ。尤も、谺と言っても音響の事じゃない。要は加えられた攻撃が、反射を繰り返して返ってくるような感じだな』
『『ははぁ……』』
今一つ能く解らないといった風のロムルスとレムス、およびその他の配下たちに、クロウは改めて新ダンジョンの構想を説明していく。
『何しろ今度のダンジョンは、第一にダンジョンであると判らない事……秘密結社のアジトと思わせる必要がある。この策が上手くいけば、やって来るのは冒険者ではなく兵士だろう。その上に、できれば特殊部隊の訓練にも使えるような機能を持たせたいと思ってな。無い知恵を絞った結果、こうなった』
クロウが提案した新ダンジョンのコンセプトは、今までのダンジョンとは一線を画したものであった。
『……つまり、魔術師が火球を撃ってそれがダンジョンの壁に当たると……』
『別の壁からぁ、それがぁ、返ってくるんですかぁ?』
『まぁそうだが、壁から放たれていると判らないように、遠距離や物陰からの攻撃を装うのがミソだな。あたかも戦闘員がそこにいるように錯覚させる訳だ』
『ははぁ……』
『反射――と言うか、実際にはダンジョン壁が吸収したのと同質の攻撃を新たに放っているんだが、その反撃は攻撃者のいる辺りに向けて行なわれるが、厳密に狙いが付けられる訳じゃない。また、どこから反撃を加えるかはランダムで決まる』
『ははぁ……』
『更に、このシステムの最大の特徴は、ダンジョンコアの指示が無くても、ダンジョン壁がオートで反撃するという事だな。各所にサブコアを配置する事で、メインコアの負担を減らした訳だ』
この辺りはクリスマスシティーを復活させた時の経験と、脊髄反射についての現代知識が元になっている。
『それは……楽そうです』
『クロウ様、それは一種の並列思考のようなものですか?』
『……そう言っていいかもな。……実際にどういう感じなのかは、当事者に聞いてみるしかないが』
生憎と当事者となる予定のダンジョンシードはまだ充分に育ちきっておらず、ダンジョンの管制どころか意思疎通もままならない段階である。
従って、作動実験はクロウたちが代わって実施する必要がある。
『まぁ、百聞は一見に如かずと言うからな。マリア、試してみてくれるか? 反撃の威力は抑えるように設定してある』
『はい』
クロウに言われてマリアが進み出る。クロウたちは一応距離を取ったが、カイトたちパーティメンバーはマリアの周囲に残り、警戒に当たるようだ。
皆の用意を確かめて、マリアがダンジョン壁に向かって、やや威力を落としたエアハンマーを放つ。
……ややあって、
『――ぐほぉっっ!』
死角から返って来たエアハンマーを、予め用心していたらしいマリアが躱す……のではなく、カイトを盾にして防いだ。
『見事だ、マリア』
『恐れ入ります』
『――いや! ちょっと待ってっ!』
盾代わりに使われたカイトから抗議が入るが、マリアは涼しい顔である。他のメンバーも特に変だとは思っていないらしいあたり、このパーティにおける勇者の立ち位置が偲ばれる。
クロウは黙ってその様子を見ていたが、さすがに哀れと思ったのか、声に出さずに唇の動きだけで「酒」と唱える……と、それを目にしたカイトが、借りてきた猫のように温和しくなった。あとでこっそり支給してやろう。
『……まぁ、あれだ。こういう仕様だと、特殊部隊の訓練にも使えるんじゃないかと思うんだが。あぁ、ついでに言っておくと、地上部も同じ仕様になってるから、仮に討伐部隊がやって来ても、だまくらかす事は可能な筈だ』
『成る程……』
『確かにこれなら……』
『クロウ様、このダンジョンはダンジョン兵……いえ、「戦闘員」を主戦力として運用するのですか?』
『あぁ、そのつもりだ。内部構造もそれに相応しく造ってある』
『内部構造……?』
怪訝そうな面持ちの面々を引き連れて、クロウはダンジョンの奥へと向かう。
『へぇ……こりゃ、また……』
『いつぞや見せて戴いた映像にありましたな……アス……アステカ……』
『アスレチックフィールド、だな。ネスの言うとおり、内部構造はアスレチックフィールドを参考にした。内容は超ハードモード と言うか、ヘルモードになっているがな』
真っ当な道などまるで無く、平均台のように細い道や飛び石、ハードル、壁登り、果ては懸垂下降……など、極悪仕様の障害が並んでいる。おまけにそれらの障害は、そのまま身を隠すための遮蔽物ともなるため、侵攻側は絶え間ない不意打ちに曝される事になる。
『注意してみれば判るだろうが、通路は所々に狭隘部があったり折れ曲がったりしているから、攻撃側は一気に直進する事はできん。そうやって足止めされたところに、二方向以上からの攻撃が集中するような銃座配置にしてある。所謂殺し間だな』
このあたりは日本式城郭の縦深陣地構造を参考にしている。横矢掛かりや枡形虎口からの発想である。足止めされた敵を攻撃する狙撃座は、高い位置に隠れるように造ってあるため、敵からの攻撃を受けにくい。対して侵入側は、ありとあらゆる障害物で行く手を遮られ、それらを避けようとする侵攻ルートは十字砲火の射線上にある。
尤も訓練の場として見るなら、障害物を乗り越えて進むルートはアスレチックの一種と言えない事も無い。
『……何と言うべきか……』
『……攻撃が無ければ、楽しそうな気も……』
『あぁ。平時ならお前たちも好きに使って構わんぞ? 訓練に使う事は折り込み済みだからな』
『確かに、兵の訓練には好さそうです』
『必要なら、ダンベルとかのトレーニング器具も用意する……それはそうと、ペーター、ここに配属する兵士の選抜は終わったのか?』
『大体は。以前に追加して戴いた一個小隊を中心にしようかと』
『追加?』
『あ~……ひょっとして……』
『去年、南街道でマスターがやっつけた連中? ペーターさん』
『その連中です』
『……いたな……そう言えば、そんなのが……』
昨年の五月祭りの後、帰路に就いた亜人たちを拉致せんものとテオドラムが派遣した一個小隊を、クロウは異空間に取り込んであっさりと捕獲殲滅している。対亜人戦の特殊訓練を受けているという事だったので、何かに使えるかと思い、ペーターに預けていたのだが……
『成る程……特殊部隊の候補にはもってこいか……』
『希望者は他にも多いので、順次追加していく事になりそうですが』
『……ちょっと待て……多いのか? 希望者』
『はい』
どうやら、〝世界征服を目論む悪の秘密結社の戦闘員〟というキャッチコピーは、クロウの想像以上にアンデッド兵たちの琴線に訴えたらしい。
今後の展開が少しばかり心配になったクロウであった。




