第百五十六章 新たなダンジョン 5.「戦闘員」
『髑髏デザインの黒マスクに全身黒ずくめの衣裳、ベルトのバックルは双頭の死神って、本気……いや、正気か? お前ら』
念を押すように、あるいは救いを求めるように確認を取るクロウであったが、配下たちの返事は無情にも――
『はい』
『是非ともそのデザインで』
『お願いします』
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キーンが提案した「戦闘員」の概念は、なぜか居並ぶ一同のハートを鷲掴みにした。黒覆面にその正体を隠して暗躍する怪人――というのが、配下たちの琴線をいたく刺激したらしい。この世界の住人は、思ったよりも中二気質が強いようだ。尤も、必ずしも全員が見てくれだけに惹き付けられたのではないようで……
『ふむふむ、軽業師の如き身のこなしで宙を舞い、踊るように襲いかかるのですか』
『そう。木や石に化けて姿を隠し、待ち伏せて、不意を衝いて攻撃する。勿論、在り来たりの武器なんか使わずに、隠し持った特殊な武器で』
『ほほぅ、特殊部隊ですか……ご主人様に授かった知識にもありましたな。特殊な訓練を受けた精鋭部隊だとか』
……SASとかSEALとかか?
『そうそう。普段は町人とか農民とかに化けて様子を探り、隙を見つけたら本来の姿に戻って、破壊と混乱を引き起こす』
……いやキーン、お前が言ってるのはNINJAだから……
『ふぅむ……潜入偵察だけでなく、破壊工作と攪乱を兼ねる……いや、恐れ入った部隊だな』
『然様。これは是非とも我が軍に欲しいところ』
……いつの間に軍編成の話になったんだよ……
『ネス殿、我が部下から選抜した者たちに、その特殊訓練とやらを課してもらう事は可能だろうか』
『さて……何分某にとっても初めて耳にする知識。この場で即答は致しかねる。何よりも、我らが勝手に決めてよい事でもござるまい』
その声が合図になったかのように、談合していた三人――キーン・ペーター・ネス――を中心とした全員がクロウに熱い視線を向ける。
(……どうしてこうなった……?)
結論を言うと、眷属たちのリクエストを退ける事ができなかったクロウは、一旦マンションの自室にダンジョンゲートを開き――マンションの自室はクロウの「ダンジョン」と認定されたらしく、ダンジョンゲートの開設が可能になっている――参考資料を持ち帰る羽目になったのである。そして……
『ふむ……夜陰に紛れるという実利的な効果と、「秘密結社」のイメージを兼ね備える色となると……やはり黒ですかな』
『では……衣服の色は黒にするとして、どういう服装にする?』
『戦闘員の服は、身体にぴったりとした、「じゃーじ」とかいう服だったよ?』
『キーン……それは……ご主人様の……世界の……生地でしょう……こちらでは……手に……入りませんよ……?』
『それに、あまり珍しい生地だと、悪目立ちしない?』
『ウィンの言うとおりですな。目立つのはともかく、異世界を思わせる目立ち方は拙いでしょう』
『修繕とかもぉ、大変だよぉ?』
『そっかー……じゃあ、生地は普通のものにするとしても、ベルトは外せない!』
『ふむ……確かに、普段から目立つベルトをしておけば、注意をそちらに向けさせる事もできるか』
『なおかつ、他の有象無象との差別化も可能になる。悪い話ではないですな』
『では……服装自体は……特殊部隊で……いきますか……? それとも……NINJAで……?』
『個人的には海兵隊を推したいところですが……主武装をどうするかも問題になるのでは?』
(……あぁ……うちの子たちだけでなく、ダバルやペーターにネス、果てはクリスマスシティーまでがノリノリだよ……)
そんなクロウの心労をよそに、配下たちの討議は更に熱の籠もったものになり……
『……鎌?』
『はい。農具である鎌を武器とすれば、圧政に耐えかねた農民による反体制活動という偽装が可能ではないかと』
『それに、以前に見せて戴いた「でーぶいでー」とかには、両の手に鎌を持って闘う技術もあったと記憶しております。鎌の他にも、何やら面白げな武器もございましたな』
……そう言えば、ネスに現代トレーニングについて説明した時に見せたDVDには、琉球古武術を解説したものもあったな――と、思い出すクロウ。そして、余計な知識を吐き出す者がもう一人。
『あっ! マスター、手裏剣とかマキビシとかいうのもありましたよね?』
『『ほほぅ?』』
結局のところ、眷属たちの熱意に押し切られる形でクロウがデザイン画を描き起こし、その中から多数決によって選ばれたデザインというのが……
『髑髏デザインの黒マスクに全身黒ずくめの衣裳、ベルトのバックルは双頭の死神って、本気……いや、正気か? お前ら』
――と、斯くのごとき仕儀と相成ったのである。
テオドラムが新貨幣を発行する前日の事であった。




