第百五十六章 新たなダンジョン 1.候補地
第五部の始まりです。
『テオドラム南西の国境?』
アンデッド部隊の活動拠点として新規にダンジョンを作成する。その候補地として盗賊たちのアジトが有望という話になり、冒険者ギルドやら商人たちの間にそれとなく探りを入れていたのだが……希望した条件に適う物件が見つかったのだという連絡が、ヴィンシュタットのハンクから入った。
『思ったより早かったな? 行商人に扮して探すんじゃなかったのか?』
『それが……アジトとなっている洞窟の位置自体は、ギルド側でも把握していたそうです』
『ほぉ……すると、討伐が困難なほどの大勢力という訳か?』
「水滸伝」に出てくる梁山泊のような場所なのかと思ったクロウであったが、豈図らんや――
『いえ……留守にしている事が多いそうでして……』
『……は? 何だ、そりゃ?』
テオドラムの南西部に、隣国ヴォルダバンから抜ける狭い間道があり、時折商人が荷を携えてやって来る。ただ、その頻度は有り体に言って低いため……
『……要するに、盗賊にとって常駐するほどの旨味は無いという事か?』
『はぁ。金になりそうな隊商を襲う場合の仮拠点として使われているそうです。あとは、訳ありの連中が一時的に身を隠す場所とか』
『ふむ……ダンジョンの候補地としてはどうなんだ?』
『それは問題無いかと。何しろ、元々がダンジョンだった場所ですから』
『何? どういう事だ?』
困惑の度を深めるクロウに向かってハンクが説明したところでは……
『……討伐されたダンジョンに、盗賊どもが住み着いた訳か……』
『聖職者が聖別してダンジョンの邪気だか瘴気だかを払ったので、再びダンジョン化する危険は――少なくとも当面は――無くなった訳です。一応、領主が入り口を封鎖していたようですが……』
『常駐とはいかないまでも適宜見廻りをしていないと、そんな封鎖はすぐに破られるぞ?』
『お察しのとおり、早々に封鎖は有名無実化したようです。ダンジョンそのものは討伐されましたが、魔素が集まり易い立地なのかモンスターたちが能く集まって来るので、冒険者たちが野営場所に利用していたようです。やがてモンスターが狩り尽くされたのか、実入りが少なくなってくると……』
『冒険者が消えて、破落戸どもが根城にした……そういう事か?』
『はい』
話を聞いた限り、盗賊の根城としては微妙でも、ダンジョンを構えるには問題無さそうである。しかも、討伐済みのダンジョン跡地であり、今は盗賊の根城になっていると認識されているなら、ダンジョンとして復活した事を隠しておける可能性もある。確かに良さそうな物件であった。
『ふむ……これは実際に現地へ行って確認する方が良いな。ダンジョンとしての適地など俺だけでは能く判らんから、現役のダンジョンマスターであるダバルと、討伐側の冒険者代表でお前たち、軍人代表でペーター、あとは……何となく詳しそうな気がするから、ネスにも来てもらって、実地検分といくか』
・・・・・・・・
場所がテオドラムとヴォルダバンの国境付近、テオドラムからみて国土の南西側という事で、どうやって現地に行くかが問題になった。クロウ一人であれば、シュレクの「廃坑」から飛行術で向かう事も考えられたし、事実クロウは最初そうしようと考えていたのだが、これは全員から反対された。
すったもんだの議論の末に、シュレクの郊外にアンシーンを呼び出して、空を飛んで行く事で話が纏まる。〝ゴーストダンジョン〟であるアンシーンはステルス性能が高いし、万一見られても幽霊船扱いだろうという判断である。
生まれて初めて幽霊船に乗って空を飛んだ――大抵の者は未経験だと思う――全員のはしゃぎっぷりが尋常ではなかったが。
『ほう……ここがその場所か』
姿と気配を完全に消した見えざる船から降り立ったクロウは、盗賊たちのアジト――元・ダンジョン跡地――があるという岩山を見回した。岩山とは言うものの樹木が無い訳ではなく、普通に森林に覆われている。ただ、その木々は、例えばシルヴァの森に較べると、小さい事は否めないが。
『……ここって、テオドラムの国境近くなんだよな?』
『はい。彼らが主張する国境線の外側になりますが』
『グレゴーラムにいた「鷹」連隊は、薪欲しさにイラストリアに侵攻したよな? 何でここの森林は手つかずで残ってるんだ?』
テオドラム国内で自給できず、輸入に頼っているものの筆頭は木材である。日々の燃料や建材に事欠くテオドラムなら、手近な場所に樹林があれば、それが他国であろうとも斟酌せずに伐り尽くす筈。まして、その森林を自国領から外して国境線を引くとはどういう事か。不審に思ったクロウであったが、そこは元テオドラムの貴族兼将軍で事情通のペーターが説明してくれた。




